2015年8月22日 大阪塾 (全再生時間:1時間24分32秒)
第一節人間は神の化身
○想念
はい、皆さんそれじゃこんにちは。まあ、ひと月にね、2日間こうやって皆さんとお会いして神のお話を出来るということは、本当に幸せなんですよね。見てごらん、今の地球。殺伐としたこの社会。一体、みんな何を求めて生きてるんだろうね。本当にこの現代社会を見ると、まあ殆ど、あまりいい情報ってないですよね。これが本当に人類が求めてる社会なのかって、つくづく思いますよね。本当に自然現象も含めて、もうますます悪くなってるもんね。それはなぜかったら、多くの人が悪的想念を出してるから・・・今のような社会情勢になってる。自然界もそうですよね。これは人類の意識に自然界も従うようになっているから・・・。人類が物質に偏れば、偏ってるちゅうことを教えるためにね、自然も偏った現象が起こすんですよね。台風、火山、地震などの災害というのは、人類の偏りに対する警告だからね。みんなね、偶然に起きてると思ってるかもしらんけど、そうじゃない。自然界にも意思があるわけでしょう。意識と意思が・・・。自然界に地球にもね。私達と同じ意思と意識があるわけだから、人類の意識が物質に偏ると、自然というのは調和を保ちたいから、そのような現象を見せ人類に警告を与えるわけですよ。これはね、人類は自然界を導く使命を持ってるからなんよ。、このまま行ったら、一体地球はどうなってしまうんでしょうね。本当に・・・。だから私達みたいな、神を求める者が、ものすごく貴重な存在になってくるんですよ。要するに光を放つ者がいなかったら、地球は大変なことになってしまうから・・・だからヒマラヤの聖者達はね、もう日夜光を放ってくれるんですよ。でも、それでも追いつかないんですよね。今の地球は・・・。殆どの人が、みな悪的想念を放っているわけだからね。まあ、あんまりこんな悲観的なこと言っちゃいけないけれども・・・。あのー私達が住んでいるこの相対の世界というのはね。現象の世界といって、現れている世界なんですよね。で、この相対の世界の背後には絶対の世界といって、現してる世界があるんですね。現してる世界と現れてる世界が、一つになってこの宇宙は成り立ってるわけですよね。だから、現している背後には必ず、意思と意識がある。これはもう現れてる物の中には、見えてる物質の背後には、必ず意識と意思がある。それが、この物質界・相対界を秩序立ててるわけですよね。でも現れてる物自体には、何の力もないんですよね。現れている物自体は、物質だから・・・。でもその物質の中に、生命という意識と意思がある。意識と意思はあるんだけども、彼らは自分で創造する、創造能力まではないんですよね。でも、人類にはね、私達には想像能力があるんですよね。想念を持ってるから・・・。この想念が、すべてのモノを造ってるんですよ。神の想念と人類の想念とは、何も違わないんですよね。同じ仕組み、同じ力、同じ能力持ってんですよね。そんな能力持ってるけれども、人間だと思ってるときは、人間以上の能力は出せないようになってんですよ。なんでかったら、人間という思っている限りは、人間的生き方をどうしてもするから・・つまり、肉体を自分だと思うと、肉体維持のためにどうしても想念を悪いように使うからね。その人間に、神と同じような能力を与えたら、地球を破壊しちゃうもんね。現実に、原子爆弾なんか作ってるでしょう。あれはもう、神がぎりぎり許してくれてる科学力ですよね。だから同じ神であると言っても、人間と錯覚してるうちは、神と同じ能力は与えられないんですよ。与えたら、地球を破壊しちゃうからね。でなくても、今れだけ地球が破壊されているわけだから・・・。だから私達は、1日も早く自分が神であると、自覚しなければならないんですよね。神の子というのは、いずれ親になるわけだから・・・。子は必ず親になるわけだから・・・。そのことを、全人類に知らしめなきゃなんないんですよね。私が思想化・思想化と言う理由は、そうことなんですよ。なんせ、自分が人間だと思っているうちはね、もう悪的想念ばっかり出すわけだから・・・。自分で出して、自分で苦しんでるのが、今の地球人類なんですよ。それは、想念の偉大さが分かんないから・・・。だから、仕方がないんですよ。痛み苦しみというのは、原因と結果の法則によって与えられているんよ。神は、原因と結果の法則によって、人類に過ちを気づかせようとしてるわけよ。だから今、沢山の痛み苦しみがありますよね。それは、全部人類の悪想念の結果として現れてるということを、1日も早く知って貰わなきゃなんないんですよね。でもこんなこと言ったって、誰も聞いてくれない。大体学校自体が、原因と結果の法則を認めないんだからね。宗教だって、認めないんですから・・・。宇宙の法則によって秩序立てられてる、その法則を認めないんだから、どうしようもないですよね。だから今の社会は、悪いものばっかり出てきて、もう痛み苦しみが激しくなってるでしょう。これは、気づかせるためだもん仕方がない・・・。法則を犯せば、痛みが来るんですよっちゅうことを、今私達は見せられてんですよね。でも、まだ気づかない・・・。これだけ頭を叩かれても、気づかないんだから・・・。だからせめて、私達だけでも気づいて、私達だけでも光の想念を放つようにしないと、本当にこのままいったらねえ、恐ろしいよねえ。
あのー、相対の世界というのは、神の表現の場ですよね。私達は、神の表現媒体ですもんね。私達を通してしか、神は自分を表現出来ないんだもん、したって、神は姿形がないわけだから・・・、姿形がないのに、どうして表現出来ます? やはり姿形を通して現すしかないもんね。あのーどんだけ、私は素晴らしい絵が書けますよって言ったって、それを書いて絵に見せなかったら、その画家は存在しないのと同じよねえー。表さない限りは、その人の存在はないんだから・・・。表現に現れないわけだから、みんな知ること出来ないもんね。神だって同じ・・・私は素晴らしい能力をもっている、偉大だって言ったところで、何も表現しなかったら、神の偉大さわかんないもんね。だからこの表現の世界を神が創って、私達人間を創って、その中に自分が入って自分を表現してるわけですよね。でもその神自身が記憶を失っちゃって、今人間だと錯覚してるんよね。だから、人間としての表現しか出来ないわけですよ。もう神自身が、人間と錯覚しちゃって、悪い表現をしてるわけよね。それは、人間に自由意志というものが与えられているからよね。もし鉱物や動物や植物のように、自由意志が与えられていなかったら、こんな悪い世の中になってませんよ。でも、それじゃ意味ないもんね。鉱物や植物や動物のように操り人形になってしまうわけだから・・・自由意志が与えられないと使命が果たせないんだから・・・。だから神は、人間に自由意志を与えたわけだけど、その自由意志を使って、今人間は苦しんでるんですよ。これは神としては、痛し痒しのところではあるけれども、こういう仕組みを創らんかったら、神の意図をこの宇宙に表せなかったから、これは仕方ないんですよね。
あのー、今週光のメロディー集の新しい曲が出てますけどもね。「もう1人の自分」というタイトルの曲がね。あの曲を見て欲しいんですけどね。あの曲の中で謳われているように、私達は自分探しの旅をしてるわけですよ。まあ、長いこと自分探しの旅をしてきてるけれども、僅かな人しかしてないんですよね。人間という探しもの、自分という探しものを・・・。ほんとうに少ないんですよね。多くの人達は、人生の訳が分らなくて、肉体維持のためだけに生きている。でもここに来た人達は、自分探しの旅をしているんよね。私って本当に、人間なんだろうか? このまま人間として生きていいんだろうか? って疑問を持っている。そして、いや違う! 私は人間じゃない! 偉大な存在である、ということを少しずつ少しずつ分りかけて、今自分を発見しようとしてるんですよね。だからまあ、70数億人いるほんの僅かの人が、本当の自分を発見しようと思って今一生懸命学んでいる、いうふうに考えたらいいんですよね。私も皆さんと一緒に学んでいるんですよ。ここの場代を払って、対等に・・・。私はいつも皆さんと対等の立場でお話ししてますよね。これは、相対と絶対の世界が同じだからなの。同等の価値だからですよ。今この社会では、話す人が偉いといった風になってますよね。でも、絶対と相対の理が解ったらね、そうじゃないことが分るんですよ。したって考えてごらん。話す人がいても聞く人がいなかったら、成り立つの? あのー、商品でもそうだよね。需要と供給がバランス取れて成り立つんだもんね。それと同じよ。話す人がいても、聞く人がいなかったら、こんなの成り立たもんねえ。もちろん聞く人ばかりで、話す人がいなかったら、成り立たないけど・・・。これは絶対と相対も同じなんですよ。さっき言ったようにこの理は、神だけがいたって、人間がいなかったら、神の存在ないわけだもん。神は人間を通して表現しなかったら、意味ないわけでしょう。人間がいなかったら、神っているの? いつも言うように、1だけだったら1ってありえないの。上だけだったら、上ってありえないもん。下があって上がある。左があって右がある。神があって人間があるの。人間がいなかったら、神もいないよ。だから私は、対等だというんですよ。話す人も聞く人も対等。だから、片方がお金払って片方がお金取るというのは、おかしいんですよ、これは。今の社会みんなそうよ。もう講演会で沢山講演料とってますよ。それおかしいよねえ。絶対おかしいと私思うよ。でまた、その言葉はどっから来てるのっていうことだよねえ。実に面白いんよ。まあこのこと詳しく言ったら、もう本当に笑っちゃうから、これ以上言わないけど・・・。言わなくてもみなさん分かってるから・・・。たとえその言葉が神から来ててもよ、お金取っちゃ駄目よ。したって、それはその人が話してるんじゃなくて、神が話してるんだから・・・。神が話しているのに、どうして人間がお金取らなきゃなんないの? おかしいよね。また、皆さんの中にいる神が、皆さんに教えるのであって、話する人が教えてるわけじゃないんよね。つまり、受け取る側の中に合点があるから、合点が合うわけだから、話してる人が教えているわけではないんですよ。受け取る側の方にそれだけの器があったから、合点がいったわけだから、自分が自分に教えていることになるんですよ。だから対等ですよね。だから、相対世界と絶対世界が対になってる宇宙においては、対等であると私は言うわけですよ。そういう対等性は、どこまでも保って欲しいんですよ。
○相対世界と絶対世界
ただし、実際にあるのは相対世界じゃないんですよね。実際にあるのは、絶対世界ですよね。本当にあるのは神ですよね。人間じゃないですよね。人間というのは、単なる表現媒体だから・・・。この表現媒体の陰には、何の力もないんですから・・・。神が媒体の中に入って、初めて力が生まれるわけだから・・・。皆さん、この宇宙には神しかないんよ。ただし、この表現の場がなかったら意味がないということで、対等だと私は言ってるわけよね。あのー、私達の意識と意思だけが実在するんですよ。この宇宙には・・・。実在するという意味は、意識と意思が感じたモノだけが実在だという意味なんよ。あのー、例えばよ。自分の乗っている電車が止まってるとしましょう。しかし両脇の電車が前に向かって動き出したら、自分の乗っている電車がバックしたような錯覚になるよね。実際は電車はバックしてないんよ。でも心はバックしてるんですよ。皆さも経験してるんじゃない。外の電車がパーッと前に行ったら、自分の電車が止まってるのに後ろに動いてる錯覚をする。あの心が、実在なんよ。これね、実際に電車が動いてないから実在じゃないと思うかもしれないけれど、とんでもない話よ。現象というのは幻だもん。そうでしょう。これも幻よ、これも幻よ、この電車も幻よ。でも、意識だけは本物なの。その本物の意識が動いた時に、実在なのよねえ、そうだと思いません? 実際にあるのは、意識でしょう。私達の意識だけが実在でしょう。意識が錯覚したっていうけど、これ錯覚じゃないんよ。あの、アインシュタインの相対性理論というのはこれなんよ。あのー、どんな学者もわかってないの。心が動いたら、それは実在なんよ。この宇宙は、形がどうこう、物質がどうこう、じゃないんだもん。意識がどうこうなんよ。したって、実際にあるのは、私達の意識だから・・・。これ、解って貰えるかな?実在してるの、私達の意識だけだもんね。その意識が動いたら、それが実在だと思わない? だから、みんな苦しんでるじゃない。そうでしょう。皆んな意識が苦しんでるじゃなーい。外側は幻よ。外側の幻が動いて、自分の心が苦しんでるんでしょう。外側の現象に騙されて。おんなじことよ、これと・・・。分るよね。本当は無いんよ。外側は無いんよ。息子さんも、旦那さんも、上司も、何もないんよ。これと同じなの・・・。電車と同じなの・・・。これは幻だから・・・。自分の肉体も幻よ。でも、自分の意識・心は実在してるんよ。そしたら、その心が動いたら、実在じゃない? 解るよねえ。これ、私おかしいこと言ってると思う? これは、一般の人には解らないよ。なんでかったら、形が本物だと思ってるから・・・。この世が本当にあると思ってるから・・・。つまり、列車っちゅうのが、本当にあると思ってるから・・・。でも私達は、それ知ってるよねえ。この現象の世界が、幻だっちゅーこと知ってるよねえ。意識だけが、本当だっちゅーこと知ってるよね。じゃ、その意識が動いたら、実在でしょう。例えばよ、こういうことあるでしょう。これ柳の木だよね。柳の木がね、ふわふわっと風に揺らされて幽霊に見えるんよ。それで、心がドキッと驚く。本当は幽霊なんかいないんよ。でも、これも実在よ。分る? 実際に心が動いたんだから・・・。意識が幽霊を作ったんでしょう。想念が作るんだから物事すべてを・・・。その想念が作った幻を見て、心臓がドキッとした。実際に自分の心臓に影響を与えてるじゃない。そのドキッとすることによって、驚くことによって、病気になるんよ。分るでしょう。全部そうなんよ。実際に心がドキッとしたんだから、これ実在よ。そのドキッが、病気にしてるんだから・・・。病気も、事件も、事故も、全部そうよ。想念が動いて起きてるんだから・・・。周りの幻(現象)の影響を受けて・・・。これ、みんな体験あると思うよ。だから私達の想念が、いかに周りの影響を受けて苦しんでるかっちゅうこと。ではその苦しみを、どうしたら取るかっということになるよね。それはね、この相対と絶対の理を深く知ればいいんですよ。
○目覚めるために
皆さんは今、自分のことを人間だと思ってますよね。でも本当の皆さんは、心・意識なんですよ。なぜなら、肉体は死んでしまうけど、心・意識は永遠に生き通すもんだから・・・。それが解ったら、肉体を大切にするより、心・意識を大切にするようになるよね。つまり、どうすれば心・意識が幸せになれるか考えるようになるよね・・・。それは、この世の事に惑わされなかったら、幸せになれますよっちゅうことだもんね。周りの電車に惑わされなかったら幸せになれるもん。ところが、みんな肉体に惑わされてるわけ・・・。肉体が本当にあると思うから。だから私は、この肉体は幻ですよ!っていつも言っるわけよ・・・。そう、幻の影響受けなかったらね、心は平安になるわけよ。したって、実在してるのは心だもん。だから私は、心・心・心・想念・想念・想念って、最近よく言ってるでしょう。自分の想念で幻作っちゃってんだもん。その作った幻に、本当の自分(心・意識)が影響を受けてるんだもん。そして苦しんでるわけよ。これはね、宇宙の理を深く知って欲しいんですよ。知れば知るほど、周りのモノにとらわれなくなってくるから・・・。なんだ、そんなの幻じゃないの。そんなものに囚われてどうするんだ。そう思えるようになってくるから・・・。ところが、中々そう思えないよね。どうしても幻に、外側のモノに、影響受けちゃうもんねえ。でも、ここに来てる人は、だんだんだんと影響受け無くなってるよね。だから、心がだんだん平安になりつつあるでしょう。昔から比べたら、外側のモノに惑わされなくなってるはずよ。だから、もうちょっと詳しく知って欲しいんよ。宇宙の理を・・・。皆さん、実際にあるのはあなたの意識だけなんよ。あなた達の意識だけ・・・。あとは全部幻よ。その意識が、自分を成長させようと思って、この現象の世界に出てきて、この肉体の中に入って学んでいるんだから・・・。そうでしょう。何が一番大切かったら、自分の意識よ。その意識を、どう持って行くかが私達の学びよね。それが目的よね。つまり、平安な心にすればいいということだけ・・・。平安な心にするためには、こういう現象の世界に出て、体験する必要があるんよ。これは仕方がないこと・・・。だから色々な体験を通して、心を平安にする学びをしている真っ最中っちゅうことよ。でも、なかなか難しいよねえ。私達には五感があるから・・・五感に惑わされちゃうから・・・。こうだよって言ったって、中々そういう風にはなれないよね。なれないけれども、実際そうなんだから仕方がないよね・・・。よーく考えてね。全部自分の意識次第よ。だから私がね、今の苦しい現状から抜け出したいんだったら、自分の意識を管理してください言うんですよ。あのー、今の今しか私達は生きられないんですよ。今の今しか・・・。いつも私言いますよね。今の今だけが実在だって・・・。過去にも未来にも生きられないんよ。したって、今の今だけが実在だもん。今の今をどう生きるか? ということなんですよ。だから、過去の事も未来の事もほっといていいの・・・。今の今を正しく生きたら、それでいいの・・・。そしたら必ず幸せが来るから・・・。ところが今の今が苦しいから、今を平和に、今を平安に、生きられないんよね。昔つけた自分の原因が、今来て苦しんでるわけだから・・・。その今の苦しい結果に、今生きるべき心が惑わされちゃって、また悪い想念を出してまた悪い原因を作っちゃってる。だからいつまで経ったっても、苦しい結果から逃れられない。本当はね、簡単に苦しい結果から逃れられるんよ。なぜなら、今の今を正しく生きればいいわけだから・・・。私の言ってること分るよねえ。確かに、外側から、ガー、ガー、ガー、ガー、色んな事が入ってくるよね。もう、殴られるかもしらんよねえ。もう、乱暴されるかもしらんよね。でも、これは幻だもん。心さえきっちり持ってたら、自分の心は乱暴されないんよ。これは極端な話かもしれないけど。でも実際そうだよね。自分の心は殴られないんだから・・・。傷付けられないんだから・・・。そしたら、今殴られても、今何をされても、黙々と今やるべきことをやっていたらいいんでしょう。今の今を黙々と正しく生きなさいって言うのは、何をされても、今の今を正しく生きたら、正しい原因作ってんだから、必ず良い結果ついてくるということよ。これはもう間違いないこと。これ宇宙の法則だもん。こんな絶対的宇宙の法則が、私達に与えられてんだもん。つまり想念が与えられてんだもん。その想念をどう使うかだけの話。確かに惑わされるよね。隣のバスが前に動いたら、私の乗っているバスが、後ろに動いたように惑わされてしまったんだから・・・。この惑わしに勝つというのは、なかなか大変は大変よね。自分の心が動かされたということは、実在だっということになるから。だから、いかに周りの現象に自分の心が惑わされないようにするか、ということなんよね。いつも言うんだけど、見て見ず、聞いて聞かず、触って触らず、語って語らずよね。今の今を、ただ一心に神を想うこと。これしかないんよ。心を動かされないようにするためには・・。その神を想うことも、神の中身を深く知って想ってくださいっていってるよね。でも深く知らないでも、神を想っている時は、いい原因作ってるわけだから、なんせ想うこと・・・。周りのモノに惑わされて悪想念出してる時は、悪い原因作ってんだから・・。でも神を想ってる時は、悪い原因を作らないわけだから・・・。神を想ってる時は、悪いこと思えないんだから・・・。だから、2倍ですよって私は言うんよ、そこなんよ。神を思ってる時、2倍にいいことしてるということになるわけよね。これ私はね、絶対断言します。この宇宙の法則は絶対だからね。だからなんせ、今の今を神に意識を向けること。何かやってる時も神がやってるんだ! 歩いてる時も神がやってるんだ! 今語ってるのも、神が語ってるんだ! 実際本当にそうなんだからね。神しか語れないんでしょう。なんせ、唯我独尊なんだから・・・。まあ、これはねー、究極の真理だからね。唯我独尊っちゅーのはね。自分しかいない、存在しないっちゅうことは・・・。でも、これ間違いないことでしょう。自分がいなかったら何もないんだから・・。実際に自分の意識途絶えちゃってごらん、すべて消えるんよ。周りのモノすべてが・・・ちゅうことは、自分の意識が造ってるっちゅうことなんだから。ということは、唯我独尊ちゅー意味だよね。これが宇宙の実態なんよ。今日ね、思索しながら来たんだけどね。もう本当に、神様の創ったこの宇宙ちゅうのは凄い・・・。まあ、私達の想念がそうなんだけどねえ、もう見事! もう知れば知るほど本当に凄い。この宇宙っちゅうのは・・・。自分の理解力が増せば増すほどね、この宇宙っちゅうのが、もの凄いものに変わっていくんよ。それこそもうー、どう言葉に表現したらいいか分かんないほど、もう凄い宇宙が見せられるんよ。見せられるたって、目で肌で感じられるって言う意味じゃないよ。まあ、それもある部分はあるんだけど、自分の理解力が増せば、理解した分の宇宙が、どんどんどん進展して行くようになったるんよ。これがねえ、凄いことなの。これ皆さん、空想科学小説どころじゃないんよ。私達が空想科学小説を、何だかんだっていってるけれど、あんなところじゃないの。この宇宙は、何でもありなの。だからね、もう皆さん楽しいんよ! 将来ものすごく楽しいこと体験するんよ。凄い楽しいこと・・・。これは言っとくわ。もうこんな楽しいことないよ。だって自分の想念で何でも造れんだもん。でもその想念で、自覚の境界線超えるまでは、悪いこと作るよねえ。この肉体が自分だと思ってるから。でも超えちゃったら、肉体が無いこと解っちゃうから、想念で悪いことを作んないの。いいことしか作らないの・・・。そしたらねえ、想念でどれだけ凄いものを作ると思う。自分の理解力に応じた、想念使えるようになるわけでしょう。想像出来ないかな? 私は、それを想像しただけでもねえ、もー、もー、もー、楽しくて仕方がないの。理解出来ないかなあ? なんせねえ。自分の想念が全部作るということよ、何もかも・・・。でも、その自覚の境界線を超えるまではね、苦しいことしか作んないの。この世が本当にあると思ってるから、肉体が本当にあると思ってるから、人間が本当にあると思ってるから・・・。超えちゃったら、自分が人間でないちゅうこが解っちゃうんだから、もう苦ししいこと作らないんよ。自分が神だっちゅうことを自覚するんだから・・・。そしたら、もう悪いことに想念使わなくなるの。そしたら、どれだけ凄いものが作れるかということ・・・。これ私、知って欲しいんよ。これね、すごいんよ! この私の言ってることが理解出来たらね、もーねー、楽しくて楽しくて仕方がなくなるよ。これどこまで解って貰えるかな?・・・。私はね、バスに乗りながらこのことを考えると、もう楽しくて楽しくて仕方がないの。もー、その楽しさったら、言いようがないんよ。
この喜びの体験、それ私チラッとこう、観ただけだけど、嬉しくて嬉しくて仕方がないの。何とか少しでもわかって貰えたらいい。そうなったらこんな人間界、つまんない事、どうでもよくなるよ、ハッキリ言って。みんな毎日やってる事、何なの一体。無いもののため、喧嘩し合ってんでしょ。それは、幼い子供同士だから仕方がないわけよ。それは、私分るわけよ。ここに来るまでに必要だから、うーん、幼い者は喧嘩して。喧嘩して痛い目に遭わないと分かんないんだもん。こういう、その真理が。でも、ここに来た人はね、もうそんなつまんない事にね、首突っ込まないこと。ハッキリ言って。無いもののため。それも、幻よ。あっほほ!!何とか分かって欲しいんよね。これね。なんで幻のために、苦しまんとなんないの?それも自分で作って。今ここにいる時はね、波動が高いから何となく分るの。それが。でも落ちるとね、またやられちゃうの。その周りのモノに。で、一緒なって喧嘩しちゃって、腹立って、また、そこで、悪い、こう、原因を造っちゃって、おんなじことそしたら、繰り返すじゃないじゃない、それじゃ。頭では分るよね。知識ではね。でも、もー、感情が我慢出来ない。やられちゃうの。そしてまた悪い原因作って、また苦しい苦しいって言うわけよ。まあ、こう、これはもーねー、みんなそうなんだけど。人類すべてがそうだから。あのねー、私ねー、昨日でもね、もう、満天の星ていう、星の曲あるでしょ。あの、見てくれてる?満天の星!ね。あの曲、私見てるだけで、楽しくて楽しくて仕方がないの。あれ見てるだけで、もの凄い創造力がね、膨らむの。私、昔ねー、小さい子供の頃はね、星を見るのが好きでさー、毎晩、星見てたんよ。もーねー、ただ見てるだけで幸せなの。幸せで幸せで仕方がないの。ねえ。なんで幸せなの?皆さん、幸せでないかなあ?あれぜひ、見て欲しいよね。そらそうだよね。自分が宇宙だから。自分が星だから。星っ子だから。だから楽しいんよ。皆さん、最終的に星になるの知ってるよねえ。いつも言ってるように。ねえ。私達の、意識が拡大して成長してけば、いろんな星の中に入るって言ってるよね。その星の中に入る星も、だんだんだんだんと大きなものになってくよね。私達は星よ。ハッキリ言って。この宇宙だから。宇宙が私達だから。これね、今言ったるちゅの、空想科学小説を飛び越えるということは、そういうことなんよ。私達は、星になるんよ。星になって、星をコントロールしながら、宇宙を旅して歩けるんよ。だって私達は永遠に、本源に帰れないんだから。私達の旅っちゅうのは、永遠に続くんだから。限界だったら、いつも言うように、有限だからこんな虚しいことないよね。旅行でも、限界の旅行って楽しくないよね。私達は永遠の旅行してくんだから。私達は永遠に、神を追求して、本当の自分を追求して、本当の宇宙を追求して、行くんよ。それに成長に合わせて、幸せがついてくんだから。無限に続くんよ。もうそれ考えただけでも、楽しくて楽しくて仕方がない!でしょ!そう思わないかなあ?少しでも知って欲しいんだけどなぁ!こんな楽しいことがね、みんな出来るのにね、人間だ肉体だって思ってるからね、出来ないだけ。ここまでー、魂成長してきたね、魂さん達だったらね、私、何か分かって貰えると思うんよ。少しでも。そしたらね、この世の事につまんない事に囚われなくて、自分のその、ね。魂を大きくすることに、結構、時間使って貰えるようになると思うのね。これ私、嘘言ってんと違うんだもん。私が体験してること言ってんだから。これもーねー、今一番苦しい状態。そう思ったらいいよ。こっから出たら、あと、もう楽しみしかない。喜びしかない。その喜びもね、もうもうもうもう、表現出来ない喜び。私が今体験してる喜びでも、もー、こんな、もー、楽しい喜びないのに。ね。そんなもんじゃないんだから。無限なんだから。無限の喜びが、私達体験出来るわけだから。まあ、この世の中で波動落としちゃって、ボツリと浸かって、ね、そういう悪い波動に侵されるからね。中々そういう思いが、持てないかもしれないわけだけれどもね。でも、こんな幻のね。世界に。消えちゃうんでしょ、どうせ。どんだけー、ね。宝物持ったって、お金稼いだって。地位や名誉かせ、持ったって、したって、もう何十年かしたら、肉体脱いで帰るじゃない、みんな。それは幻だからだよね。本当にあるんだったら、永遠に肉体持ってるよ。永遠にこの表現宇宙あるよ。でも、必ず消えちゃうんだもん、表現宇宙も肉体も。みんなね、一般の人達は、自分死ぬっちゅうことわかってんよ。みんな周りで死んでるの見てるから。でも本当に、自分に置き換える事出来ないの。面白いもんでねえ。いざそん時になったら初めて分るの。だから年取ってね、だんだんだんだん死期が近づいてくるとね、心配で心配で心が落ち着かないよ。老人になってね、こういう真理を知らない人はね、もー、もー、顔ではニコニコして、みんなとなんかねー、やってるように思うけれども、いつも心は暗いの。だって不安だもん。死んだらどうなるんだろうなって。まあ、どうなるんだろうなと思うようになった人は、まだまし。そこまで考えるようになった人は。殆どの人は、そんなことも考えないで死ぬんだから。ね。何と虚しい人生でしょうね。それからみたら、どう私達は、もうそんなとこじゃないもんね。本当の自分を、これ、今見つけようと思って、一生懸命学んでる、凄い魂だと思わない。まあ、そんなこと言ったって、実際、現実の世界に肉体持って生きてる限りは、何とかしなきゃなんないよねえ。現実の世界をね。そしたら、どうするかということだよね。現実の世界に、自分が今、肉体持っている。これは、まあ、確かだよね。これはもう、それを否定するわけにいかないもん。実際、自分の意識が、これは意識がっちゅーの、この意識は実在よ。この意識に実在している意識が、実在してない肉体の中に、五感に惑わされたこの肉体を持って、今、要するに苦しんでるわけよ。意識は実在してるの。ね。この意識が、ま、無いものに惑わされて、今、苦しみを造ってる。そしたらその、意識をどう苦しまないようにさせるかということ。それを覚えたらいいんでしょ。ねえ。これはもうさっき言った通りしかないんだけどね。もうこれしか、私、方法がないんだけど。まあ、いつも言うように、三つの方法。なんで、その、自分の意識が、この周りに惑わされるかというのは、やはり、原子核の量がまだ少ないからなんですよ。だから、増やすしかないんですよ。自分の原子核が、だんだんだんだん大きくなってたらね、周りのモノが、幻だって、だんだんだんだん思えてくるようになるの。そしたら、心が動揺しなくなってくんですよ。それしか方法ないの。自分が大きくなったら、ま、周りのモノにあまり影響受けなくなってくるから。その方法が、三つありますよって、言ってるわけよね。それは、社会体験。もー、私達は社会体験で、もー、ね。ずっとやってきてるわけだけども、その社会体験というのは、もう今のこの、地球においては、嫌なことが沢山ある。でも、嫌な事を沢山やることによって、原子核が大きくなってきていることは確か。たとえ今、苦しくて自分が悪想念放ったとしてもね、自分の心が強くなっていることは確か。っちゅうことは、その苦しい中に、おける社会体験が原子核増やしてるから。だから、決して無駄になってないっちゅうことよ。たとえそこでまた、悪い原因作ったにしたって、自分が成長していることは間違いないの。これはもう、この宇宙の法則がそう出来てるから。だからあれでしょ。一般の人達でも、強盗殺人やってる人達でも、原子核増やしてんだよ。すべて神はそういう者にさえ、同じような、えー、そういう、権利というか、力を与えてるわけだから。だから、誰も彼もが、自分を大きくして帰ってるっちゅうこと。肉体持って生まれてきた限りにおいては、全員が全員、原子核増やして帰ってるっちゅうこと。これは間違いない。だから、落胆しないことだよね。今、自分の大きくしてるんだ。原子核増やしてるんだ。心強くしてるんだ。確かに心、強くなってるはずなんよ。そういう体験することによって。だから社会体験をしてる中において、まあ出来たら、ネガティブな思いを持たないぐらいになったら、原因を作んないわけだから、もうそれは、素晴らしいんだけどね。でもたとえ、ね。ぶっと、一時、心を汚したにしたって、それ自体が、もう原子核増や、増えてんだよというふうに、よく受け取ってちょうだい。そしたら、あのー、ね。悲観しないで済むから。神はそのようにつくってんだもん。したって。そんな難しいことを神様はね、要求しないよ。絶対要求しない。苦しい中においても、原子核増やすように、ちゃんとしてくれてんだもん。確かにその、ね。もー、腹立つし、もう憎しみも湧いてきたり、いろんなこと湧いてくるかもしらんけれども、ね。その原因はもちろん、本当は作ってはいけないけども、作っていてても、そこで体験してることが原子核増やしてるわけだから、自分が大きくなってると思って欲しいんですよ。そしたら、ねえ。日々の生活においてもね、嫌なことがあるかもしらんけれども、無駄じゃないっちゅうこと。したら、ちょっとは生きがい感じるじゃない。よく受け取る。だから、私がいつも言うよね。明るく明るく朗らかにね、何事も良く受け取り、神を思い、光を思って生きてくださいって、私メール送るよ。何事も良く受け取り、ってことが、ものすごい大切なのよね。何事も良く受け取ったらね、そこで悪想念出さなくなるんよ。まあこれは、私痛い目にあってるけど、これは、自分の成長のためなんだ。って、良く受け取るんよ。なんでも!そしたらね、あまり心に曇り作んないし、悪い原因作んないから。出来たら、そういう風なね、すべて良く受け取って。したってさー、この世の中見てご覧。私、もうテレビ見たら、悪いもの目から入ってくるよ。でも私は、見て見ずなんだもん。聞いたって聞かないんだもん。ということは自分の心、汚さないということよ。つまり、原因を作んないっちゅうことだもん。そのコツを掴めば、結構出来るよね。なんでかったら、自分の宇宙だから。他の人に、自分の宇宙を管理されてんだら駄目よ。でも、自分の宇宙の管理は自分が出来んだん、自分の想念次第。これは自由意志。これは凄いことなんよ。何でも自分。自分の自由意志でどうにでも管理出来んだもん。この宇宙は。でしょ。したらどうすればいいか。したら、利口になんなさいって、私言うわけよ。ね。管理するコツを覚えたらいいんでしょ。入れなかったらいいんよ。毒を持ってきたら、食べ物食べなさいったって、これは自由意志だもん。食べる食べないは。でしょう。食べなかったらそんなもん、その持って来た人が食べるようになっちゃうよ。なんでかったら、原因と結果の法則だもん。あのね、まあね、こんな事、まああのー。人から悪想念をね、投げかけられたら、ここにね、イメージとして鏡、自分の胸の前にね、鏡をこう、相手に向けるの。ね。したらね、来たやつはね、反射して返るの。これが宇宙の法則なんよ。人を呪わば穴二つってあんでしょ。あれは、これを受け取っちゃうの悪想念を。反射しないで。これは反射したら、相手に返るようになってんだから。これは。必ず。自分が受け取らなかったモノは、自分のところに返されるようになってるん。この宇宙の法則は。必ず。例えばよ、この人がね、鏡でなくて、受け取ったとしようか。こう、例えばこの悪想念受け取ったとしたらね、ここに曇りをつけるわけよね。曇りをつけるよねえ。そしたらこの人はね、ムー、この人に怒りを返すでしょ。ね。怒りを返すよねえ。したらこの人は、受け取っちゃったから、この人も影響受けるわけよ。でもこの人も、怒りを受けるわけよ。でしょ。だから同じこと。なんせ、怒り、えー、悪想念を出した人に必ず帰るようになってる。一方通行じゃないから、この宇宙は。一番良いのはね、私さっき言ったように、聞いて聞かず見て見ず、ということは鏡になんなさいっちゅうことよ。もう耳からも目からも、全部、もー、受けなかったら、その来たヤツっちゅーのはね、こっ、ここの鏡に反射すると思ったらいいんよ。まあイメージ的にね、パーンとこー、鏡を貼っちゃえばいいんよ。そしたら返るから。ね。これ一つのコツ。自分の想念が全部作るんだもん。受け取らんかったら、必ず返るようになってる。これは、エネルギー均衡の法則が働くから。相手が出したエネルギーっちゅうのは、必ず返ってくんでしょ。その人が悪いエネルギーを出したら、悪いエネルギー返ってくるようになってんだん、この宇宙は。それを受け取るから、その人は悪影響受けるわけよ。でも、出した人は必ず、ふっ!はっ、そのー、受け取らなくても、返ってくる。んっ。受け取っても返ってくる。うけ、受け取った場合はね、あれよ。その人のその、怒りとか憎しみっちゅうのは、返るよねえ。当然。ね。もう一つ自分の、だーして、出したやつも、返ってくるようになるよ。本当は、あのー、あれだよね。エネルギーの均衡の法則だから、あのー、まあ同じモノが返るというふうに、考えるかもしらんよね。でも、相手も、エネルギー均衡の法則を保つようになるわけだから、でしょ。だからね、これ二重に影響受けるっちゅうことも出てくるんよ。何もなかったら、その人だけのモノが返ってくる。これは、必ず、やまびこ、山彦と同じだから。出したモノは必ず、どっかにぶつかって必ず返るようになってんの。山彦と同じ原理だから。エネルギー出したエネルギーは、必ず返るようになってんの。これは、一つだよね。もう一つは、出したエネルギーの受け取った人のやつも返ってくるっちゅうことよ。どちらにしたって悪い、利に合わないよね。知花先生はね、池に水を、石を投げたらね、広がっていくよねえ。そしたら、何倍もになって返ってきますよって、言う。言ったでしょ。それがそうなんよ。この宇宙はね、四方八方にエネルギー出てくわけだから、一点から、要するに、えー、あれだよねえ、震源地だよね。震源地から四方八方に、こー、出てくようになってるから。だから、ものすごい恐ろしいんよ。自分が人を恨んだらね、だからもー、人を殺すだけじゃなくて、自分も殺されますよっちゅうことで、穴二つ用意して待ってなさいって言う、言うわけだからね。本当に恐ろしいんよ。悪想念出したら、必ず返ってくる。それはもう、その、あのー、悪想念出した人のとこには、もー、間違いなく返るからね。だから、そういう法則というものがね、本当は教えてあげたらいいんだけども。まあ中々ねえそういう、理解出来ない人は、逆に言ったら反発するからねえ。だからそういうことは、言えないかもしらんけれども、でも何かね、うーん、何かこう、穏やかな時に、どういうか、どう言ってんかなあ、難しいけどね、なんせ、原因と結果の法則がこの世を支配してるから、あんまり悪い原因つけない方がいいね、というような、なんちゅうかなあ、うん。もう幼い子供にはね、子供に。なんかこう、私はね、童話でそういうことをね、あのー、発表したいと思って、あのー、童話を作ろうと思い、思い出したんですよ。その、原因と結果の法則とかそんなことをね、そういうこと言ったって、一般には受け入れられないでしょ。だから、まあ子供でも分るような、うーん、やさしい言葉で、原因と結果の法則をこう、うまいことね、そういうそのー、童話に、な、変えてね、そして、それをみんなに知って貰いたいと思って、童話を作りたいと思ったんですよ。この宇宙の法則を、童話の中に取り入れて、で、そういうその、分らない人達に、分かって貰えたらなと思ってんですよ。これ中々ねえあのー、法則で人を裁くということはね、やってはいけないんですよねこれは。これもね、もー、返って反発買うからね。でも何かこう、童話的なもので、えー、こういうものをね、うーん、こうやわらかい形で、出来ないかな。今も思ってんですよね。何とか作りたいなって、今思ってんですよね。だったらね、童話を読ましたらいいんよ。そしたら、結構ね、あのー、受け入れてくれるんじゃないかなって思うよね。ああ、こういうこともあるのかな?っていうふうに。私は小さい頃はね、結構、あのー、隣のおじさんにね、た、ちょっと猫をいじめてるよ、いじめてたかどうか知らんが、なんかやってた時にね、隣のおじさんにね、「お前そんなことやったら、そのー、バチが当たるぞ!」って言われたことあんの。小っちゃいときに。それがものすごい残るの。あの小っちゃい時に言われた、「バチが当たるぞ!」って言われたことがね、今でも残ってんの。ということは、あれなんだよねえ。そういうその、私自身が、何かやはり、そういう法則を知ってたんかなあ。悪いことしたら、悪いことが返りますよっということだもんね。それは。それがものすごくこう、心に残ってね、だから、あのーやはり、そういう悪いことはしてはいけないなっちゅーことは、ちらっと思ったよね。そん時にね。そういうものをこう、童話かなんかの中にね、やわらかく包んでね、して、みんなに見て貰ったらね、あの幼い子供達ちゅうの、素直だからね。だから、そっから学んで貰えるんじゃないかなあっていう、気がするんだけどね。まあ、それが実現出来たらいいけども、あのー、私んとこにね結構ね、あのー、こー、自分がこういうものを、みんなに発表したらいいなと思うようなことがね、結構、私の側に皆さん集まって来るよね。で、実現している部分もあるからね。だから、なんとかねえ、そのー、童話も、あのー、実現したいなと思ってんですよ。まあ、それはさて置いて、あのー、あれですよねえ。実際、現実問題っちゅーのがあるわけだからね。この現実問題っちゅうの、なんせ、乗り越えていかなきゃなんないちゅーことは、確かだから。だから、さっき言った三つの方法だよね。なんせ社会体験をして、もう苦しいかもしらんけど、原子核なんせ増やしましょう。これがね。そいから、瞑想できるだけしましょう。あのー、瞑想をね、どー、何が一番かったら、この、もー、私がね、す、人生で最大のね、あのー、なんちゅうんか、最高のね、人生で最高のモノは、瞑想だと思ってるぐらい。これはね、瞑想。最初は、ね。なかなか、雑念湧いて、出来ないかもしらんけど、この瞑想がある程度出来るようになったらね、その人は、ものすごいね、もー、ものすごいに成長するん。瞑想程ね、大切なものはないっちゅーことが、最近つくづく分るの。なんでかったら、さっきも言ったように、瞑想している時は、他の想念持ってないじゃない。それが大切なんよ。瞑想を、ね。きっちり出来なくてもいいの。そん時には、他の悪い想念持たないもん。したって。で、想念がすべて作るんでしょ。自分の、運命、人生。幸せも。だから、その想念を使って瞑想するということが、いかに大切かっちゅうことがね、私ね、最近、もー、つくづくね、自分でも思い知らされてんよ。ぜひね、あのー、まー、その時間をね、瞑想に割くことは中々出来ないかもしらんけども、出来るだけね、瞑想の時間をね、割いて欲しいと思うんですよ。これは、ぜひ私は言いたい。想念の凄さがわか、私わかってるから。吾神なりという想念の、その偉大さ。もうこれはね、凄いんのよ。もう目で見えない、肌で感じられないかもしらんけど、吾神なりって言ってる瞑想の時の、ね、自分から出てる波動というのは、本当にね、素晴らしい波動出てるの。その人の理解力によって、その波動のね、深さ、高さ、っちゅーのが違ってくるけれども、口先だけで言っててさえも、それ相当の、波動を出しているわけだからね。で、なおかつ、悪い想念を出せないわけだから、そん時に。ぜひね、この、瞑想。後で、あのー、瞑想、最後の方にね、少し、みんなでやりたいと思うんですけどもね。あのー、自分の想念が、どれほど、その周りに影響を与えてるかっちゅうことを、この地球では、波動が荒いからわかんないんですよね。この地球は、ものすごい今の、特に最近の波動が荒くなっちゃって、ますます、その、えー、原因と結果の法則というのがね、もー、地球人類、のその、どう言っていいんでしょうねえ。まあ成長が、今の足止めくってるということが、すべてこの想念の使い方が行き届いてないからなんですよ。これがね、少しでもね、みんなに浸透していったらね、相当進むんですよ。地球人類のね、進化が。常々、私そう思うんですよ。これがどうして、どうにかして、この想念の偉大さを、みんなに知って貰えることはないかな。どういう方法で、伝えたらいいかなとか、いろいろ考えてんだけど、中々そのー、思い浮かばないし、方法がないんですよねえ。まあ、その想念が偉大であるっちゅうことは、あのー、他の星行ったら、それがもー、極端に現われるよね。精妙な星に行ったら、こう、私達のこう、着てるものでも何でも、全部反応するようになんのね。物でも何でも、反応するようになんの。それはもう、その星の、す、その星が精妙の星になればなるほど、その、波動の影響受けやすくなるから。だから嬉しいなと思ったときには、ね、そのー、光輝く、この着てるのが光輝いてくる。これは、あのー、あれですよ。そのー、星に行ったら、その星のやはり、波動を受けるし、その波動による体験も出来るから、みんな感じられるようになんのね。で、悪い、その、苦しい思い持った途端に、その着てるモノが曇ってしまうっていうことが起きてくるのね。地球ではそれが、波動が荒いために、そういうことはないけれども、精妙の星になったら、それが現われて来るから、分るんですよね。だからなおかつ、注意するようになるよね。まあ、その偉大な想念をぜひ、瞑想に使って欲しいんですよ。まあそれは、あのー、いつも言うように、その人その人のマントラを、唱えるということですけれども。その唱える中身もね、出来るだけその、深い意味を持たしたマントラを、唱えて欲しいんですよね。間違いなく、多く思えば思う程、その、成果は現れてくるからね。ぜひ、この瞑想だけはね、何とかやって欲しいんですよね。まあこれが2番目の、いつも言う方法だよね。まあ3番目の思索といつも言ってるのは。思索自体は、あれですよね。もちろんその思索自体も、想念を使ってる訳ですけどね。その想念をどこに飛ばすかっちゅうことなんですよね。外に、あのー、想念を飛ばさないで、内に想念を飛ばすということですね。つまり、本源の方に意識を持ってく。神が、本当の自分が、いるところに、想念を持ってって欲しいんですよ。その、自分が、本当の自分がいるところに、質問を投げかけて欲しいんですよ。これは、これどういうことですかって、その、本源の自分に質問を投げかけると、本源の自分が回答を出してくれるわけだから。だから、何かちょっとことでも質問、疑問なことがあったら、疑問点をその、本当の自分に投げかけて欲しいんですよね。そしたら、あっ、そうか。気づきが起きるかもしれない。その、あーそうかという気づきが起きたときに、原子核増えるわけだからね。あのー、家庭生活の中においてだって、結構あると思うよね。あのー、疑問に思うことは。あのー、会社の中においても、社会体験いろんな社会体験するなかにおいても、何かその、これは何なのかなと思うような事あると思うんですよね。その疑問に思うことを、自分に投げかけて欲しいんですよ。そしたら、その疑問に回答が与えられると私は自分がやってるから、皆さんにもやって欲しいと思うんであって、ただそのー、ねえ、何を疑問に思うかっちゅうこと、皆さん見つかんないっていうからね。あのーまあ、つまんない事でもいいんですけど、それは皆さん自身で、工夫してやって欲しいと思うんですよね。ちょっと瞑想しましょうか。ね。なんか知らんけど、私自身ものすごくなんか、眠くなってきちゃって。なんかこう思考がわかない状態になってきちゃって。なんかねものすごく眠くなってきちゃった。あのー、ちょっと目つぶって、私の言うことをね、イメージして欲しいんですよ。あのー、まあ、目閉じましょうか。まずあのー、地球をね、まあ宇宙だね。大宇宙。まあ表現宇宙のことですよ。あー、星々が輝いている宇宙に、まあ、地球がぽっかりと浮いているイメージ。まず思ってください。で、地球の上にまあ日本があって、日本という国があって、その日本の国の、まあ自分のあのー、えー、住んでる場所でいいんです。そこに家が建ってるイメージだよね。まあしたから、地球があって、まあ日本があって、えー、家が建ってて、その家の中に自分がいてて、肉体がいるっちゅうことですね。肉体がいてて、その肉体の中に本当の自分がいるというイメージだね。つまり胸の辺り、本当の自分がいるっちゅうようなイメージ持って欲しいんですよ。だから、えー、この現象の世界にとりあえずは、今いるんだから、その現象の世界にいるイメージをもっと欲しいんですよね。あのー、出来たら、家の中で今、大の字になって寝ているイメージの方がいいかもしらんな。この畳の上でもいいから、大の字になって寝てるんですよ。その肉体の真ん中には、あれですよ。魂があるわけ、本当の自分。そしたら、まず地球を取ってしまいましょう。地球を消してしまいましょう。次にそのー、もう日本という場所も消してしまいましょう。はい、そしたら今度自分の家も消しちゃおう。家も消してしまいましょう。そしたら、今、自分は寝転がっていますよねえ。大の字になって寝てる、肉体の自分がいるという状態になりますよね。つまり、宇宙空間に大の字になった自分が浮いてる状態。それが今のイメージの中にあるはずですよね。はい。そしたらその、肉体、大の字になっている肉体も捨てましょう。ポーンと捨ててしまいましょう。そしたらそこには自分の魂だけが浮いてる状態。つまり自分の意識だけが浮いている状態。それが、本当の自分。意識そのものが本当の自分。その意識が、私と今思ってますよね。私と思えますよね。その私が、これから瞑想します。それはもう肉体がない私だから、もう場所も考える事も何もないです。そう。その周りの、その、大宇宙の浮いてる星々もね、全部消してしまいましょう。まだ星々が輝いていると言ったら、表現宇宙にいることになるから、その星々も消してしまいましょう。そしたら自分が、まん、真っ黒な宇宙に、自分の意識だけが浮いている状態になりますよね。その浮いている自分の意識というのは、その宇宙空間、星々を全部消したわけだから、場所というのがないはずです。ただただ、意識が浮いている状態になっているはずですよね。そこの自分が、自分のマントラを唱えてください。つまり神のマントラの人は、吾神なり。光の人は、吾光なり。生命の人は、吾生命なり。というふうに、瞑想しましょう。ではこれから、少しの間瞑想します。私も瞑想します。自分のマントラで、吾神なり、吾生命なり、吾光なりと思ってください。