人間は、創られたものです。
創られたものは、造り主に、従順でなくてはなりません。
従順であれば、幸せに生きられるようになっているからです。
私が嬉しいのは、そのことなのです。
法則は、完全です。ゆえに、偶然は、ありません。
「悪いことをして、良いことが返ることがない!」
「良いことをして、悪いことが返ることがない!」
この法則の完全性があるから、私たちは、安心して生きられるのです。
このことを、一般の人にも、知って欲しいと思います。
知ったら、どれほど、安心して生きられることでしょう?・・・
それでも、心が、ざわめく時は、次のように、思ってください 。
「心が、安らぎと平安で満たされますように!」
と、三度ほど、思ってください!
きっと、心が、安らぐことでしょう!
光のメロディー 「神を想う!」
2021.03.01
「人間同士が信じ合えたら?」
人間同士、信じ合えたら、軍隊が要るでしょうか?、お金が入るでしょうか?
では、どうしたら、人間同士、信じられるようになるでしょうか?
それは、本当の自分を知るしかありません。
そのためには、一歩一歩、着実に、この世の体験を、深めてゆくしかないのです。
今、地球人類は、その途上にあるのです。
この宇宙にあるのは、一つの意識だけです。
その意識を、私たち人類は、みな、持っています。
と言うことは、人類は、みな、兄弟姉妹だと言うことです。
このことを知ったら、みな、仲良くできるでしょう。
黒人も、白人も、黄人も、 女も、男も、天皇も、総理大臣も、大統領も、金持ちも、貧乏人も、迷った者も、目覚めた者も、同じです。
2021.03.02
この表現世界は、主従関係で成り立っている世界です。
表現されたものは、下僕です。
表現しているものは、主人です。
もし、逆らったら、痛みや苦しみが、与えられるだけです。
知らない一般人は、仕方がありませんが、知った皆さんは、従順に生きてください。
と言っても、神と人間は、対等関係にあるのです。
なぜなら、どちらが無くても、どちらも無いからです。
この宇宙には、完全なものしか無いのです。
なぜなら、神は、不完全を作る術を知らないからです。
「でも、表現世界には、不完全なものが、たくさん、あるじゃないですか?」と、あなたは、言うかも知れません。
でも、それは、人類が作っているのであって、神が作っているわけではないのです。
人間が、不完全の作り方を知っているのは、過去に、たくさんの苦しい体験をしてきたからです。
でも、その苦しい体験が、進化成長させてくれたのですから、不完全を悪と思わないでください。
2021.03.03
あなたが、今生、真理に巡り会えたのは、本来、奇跡に近い確率です。
でも、あなたにとっては、奇跡ではありません。
巡り会うべきにして、巡り会えた、必然です。
それは、あなたが、巡り合わせたからです。
奇跡は、誰が起こすのでもありません。 自分が起こすのです。
それは、強い信念と努力によってです。
どうか、その努力を無駄にしないでください。
動けるのは、神の恵みです。動けるのは、神の愛の現れです。
動けることに、感謝しましょう!
それは、生きてることに、感謝しましょう!、と言う意味でもあるのです。
続けましょう!
続けましょう!
続けましょう!
継続は力なり!です。
続ければ、必ず、成就します。
原因と結果の法則が、成就させてくれるからです。
2021.03.04
「世の中を変えよう!」と思う必要はありません。
自分を変えようと思うことです。
自分は、全体です。全体は、自分です。
自分の中に、世界があるのです。そして、世界の中に、自分がいるのです。
ですから、自分が変われば、世界が変わるのです。
外側に、人がいると思ってる人は、自分の得た知識を、人に誇示したがります。
でも、全てが自分であると、知った人は、誇示することがなくなります。
当然です。自分が、自分に、誇示する必要はないからです。
自分が、知ったらいいのです。
自分が、成長したらいいのです。
自分しかいないのですから、他人の成長を、とやかく考える必要はないのです。
外側の自分と、内側の自分は、写し出されている自分と、映し出している自分の関係です。
外側がなくては、内側はありません。内側がなくては、外側はありません。
外側と内側は、相身互いの関係にあるのです。
外側は、鏡です。鏡に自分を写し、自分を存在させているのです。
でも、本当の自分は、姿形がありませんので、鏡に写らないのです。
だから、写るよう、姿形を取った自分を、外側に創ったのです。
私たちは、姿形を取った内側の存在・・ すなわち、神なのです。
2021.03.05
私たちは、どうして、生きているのでしょうか?
一体、何のために、生きているのでしょうか?
生きているから、仕方なく、生きているのでしょうか?
また、私たちは、自分で、生きているのでしょうか?
何かに、生かされているのでしょうか?
私たちは、自分で生きてきた、覚えがないのです。
気がついたら、生きていたのです。
なぜ、それが、分かったか?
それは、自分を認識できる、意識があったからです。
ならば、私たちは、意識では、ありませんか?
そうです! 私たちは、意識なのです。
では、その意識は、一体、何者なのでしょうか? どこから、生まれたのでしょうか?
分からないのです。
分かっていることは、幸せが欲しい、と言うことだけです。
それも、一時の幸せではなく、永遠に尽きない! 永遠に色褪せない! 幸せが・・・。
では、どうして、意識は、永遠に尽きない! 永遠に色褪せない! 幸せが、欲しいのでしょうか?
それは、意識が、永遠に無くならないからです。
意識が、無くなるなら、幸せなど、いらないのです。
なぜなら、意識が無かったら、幸せが、有ろうが、無かろうが、どうでも、良いからです。
しかし、意識は、永遠に無くならないのです。
無くならないから、どうしても、永遠に尽きない! 永遠に色褪せない! 幸せが、欲しいのです。
「幸せ」と「意識」と「永遠」とは、切り離せないのです。
本当は、 幸せなど、いらないのです。
なぜなら、私たちの意識そのものが、幸せだからです。
でも、そのことが、幼い時には、分からないのです。
分からないから、外側(物や、お金や、権力など)に、幸せを、貰いにゆくのです。
原子核を大きくしましょう!
そうしたら、意識が、幸せ、そのものであることが解かります。
その者は、もう、外側から、幸せを、貰おうとしないでしょう。
2021.03.06
人類は、他の星に生命体が存在するのでないか?と、宇宙に向けて探査機を飛ばしたり、電波望遠鏡で探ったりしていますが、そんなことをしなくても、宇宙に生命体が存在していることは、すでに証明されているのです。
今、現に、私たちが存在していること自体が、他の星に生命体が存在している証だからです。
私たちは、星なのです。
なぜなら、私たちの中に存在する、意識核そのものが、星だからです。
太陽は、意識核が、たくさん集まった、星です。
原子は、意識核が、微々な、星です。
人間も、意識核が、少ない、星なのです。
星という字は、「日」が「生」まれると書きます。
「日」とは、「光」のことですから、「光」が「生」まれたモノが、星なのです。
神の意識核は、 「日」 すなわち 「光」ですから、意識核で創られたものは、 全て、「星」と言えるのです。
と言うことは、原子も、私たちも、意識核で創られていますので、「星」と言うことになるでしょう。
瞑想し、自分が光ってくるのは、意識核が、想いに呼応し、輝き出すからです。
どうか、瞑想し、自分の星を、輝かしてあげてください。
新・光のメロディ「私は星」
真実を求めている人へ捧げるメロディ「満天の星」
2021.03.07
神は、人間に、偉大な想念を与えてくださいました。
これは、人間が、神の代弁代行役である証しです。
でも、人間は、その想念で、病気や事故災難を、作っているのです。
神の恩を、仇で返しているのが、今の人間なのです。
でも、神は、全能ですから、人間に、無駄なことをさせるわけがありません。
そうです!
神は、「想念で、何でも創れますよ!」と言うことに、気づいてもらいたくて、人間に、病気や事故災難を、作らせているのです。
ここまで来た皆さんの最終目標は、想念のコントロールの学びです。
皆さんは、毎日、想念のコントロールの勉強をしているのです。
あなたは、毎日、 朝起きてから、夜寝るまで、想念のコントロールの学びをしているのです。
そのことを、自覚しながら、生きてください。
2021.03.08
私たちは、思えます。どうして、思えるのでしょうか?
思わさせているものがいるから、 思えるのではないでしょうか?
では、思わさせているものって、何でしょうか?
それは、真我(神我)です。真我が思わさせているから、自我が思えるのです。
本来、思いは一つしかないのですが、今の地球人類は、自我と真我が乖離しているため、二つの思いに分かれているのです。
でも、自覚の境界線を超えたら、自我と真我が一つになるので、思いは一つになるのです。
自我の思いが勝っている時には、欲望的で、感情的な思いが、強く湧いてきます。
真我の思いが勝っている時には、理性的で、知性的な思いが、強く湧いてきます。
殆んどの人は、自我の思いが勝っているために、欲望的で、感情的な、生き方をしているのです。
思えている自我は、後で、結果です。
思わさせている真我は、先で、原因です。
でも、結果が強い力を持つと、結果と原因は一つになり、どちらが先で、どちらが後か、分からなくなるのです。
一般人の思いは、そういう、状態なのです。
しかし、原子核が増え、自覚の境界線を超えれば、思えている自分と思わさせている自分は、一つになります。
一つになった状態を 自覚の境界線を超えた人、つまり、神人と言っているのです 。
2021.03.09
私たちは、「思っている通りのもので、それ以上でも、以下でもない!」のです。
つまり、人間と思えば、人間になり、神と思えば、神になるのです。
思いそのものが、神ですから、思えば、創造の力によって、そのものになるのです。
そのものになれるのは、思わせている意識が、理念・ビジョン・光・力・素材など、創造の全てを備えているからです。
人間は、神と同じ意識を持っているのですから、神と同じように思えば、何にでもなれるのです。
思っている通りのもので、それ以上でも、以下でもない、ということは、幸せと思ったら、幸せになるし、不幸と思ったら、不幸になるということです。
ただし、この物質世界は、波動が粗いので、思っても、すぐには、実現しません。
でも、幽界のように精妙な波動の世界では、思ったら、即、実現するのです。
神が、自分の思いによって、宇宙を創造し、宇宙そのものになったように、
神は、自分の思いによって、人間を創造し、人間そのものになったのです。
だから、私たちは、神なのです。
思っている通りのもので、それ以上でも、以下でもないならば、神を思おうではありませんか?
神を想うのに、1円のお金もかかりません。どこへ行く必要もありません。
また、神を想っている時には、他の事が思えませんから、業を作りません。
勿論、原子核が増えます。
このように、神を想えば、良いことばかりが起きるのです。
御利益を望んではいけませんが、そういう功徳があることを、心の片隅にでも持っていたら、励みになるでしょう。
2021.03.10
あなたは、先ほどまで、一体、何を考えていたでしょうか?
今、何を考えているでしょうか ?
そして、これから、何を考えるのでしょうか?
この世のことでしょうか?、神のことでしょうか?
この世のことを考るなら、あなたは、死人になります。
神のことを考えるなら、あなたは、生人になります。
なぜなら、この世のことは、幻で、神のことは、真実だからです。
あなたは、死人になりたいのですか?、生人になりたいのですか?
どうして、相手がいるのでしょうか?
それは、自分がいるからではないでしょうか?
どうして、宇宙があるのでしょうか?
それは、自分がいるからではないでしょうか?
どうして、戦争や、事件や、事故や、災害で、苦しんでいる人を、見せられるのでしょうか?
それは、自分がいるからではないでしょうか?
どうして、病気で、苦しんでいる人を、見せられるのでしょうか?
それは、自分がいるからではないでしょうか?
この問答は、いつまで、続くのでしょうか?
人は、有るもののことを思っているのでしょうか?、無いもののことを思っているのでしょうか?
殆んどの人が、無いもののことを思っているのです。
無いもののことを思っている人は、想念を無駄に使っているのです。
有るもののことを思ってる人は、想念を有益に使っているのです。
学んでいる皆さんだけでも、想念を有益に使ってください!
有るものとは、神(皆さんのマントラ)です。
どうか・・、
神を想い続けてください!
神を想い続けてください!
神を想い続けてください!
2021.03.11
確かなものとは、何か?
それは、永遠に変わらないもの・・、永遠に無くならないもの・・ 、
それを、真理とも言い、神とも言い、原子核(魂)とも言います。
この世のどんな物を得ても、必ず無くなる、不確かなものです。
しかし、原子核(神・魂)は、絶対無くならない、確かなものです。
確かなものを得るべきか?、不確かなものを得るべきか?
賢いあなたなら、分ってもらえるはずです。
人生を考えるメロディー「確かなもの」
人が死ぬのは、100%、間違いないことです。
なのに、どうして人は、たくさんの物を欲しがるのでしょうか?
それは、「本当の自分は、永遠に死なない!」と言うことを、本能的に知っているからではないでしょうか?
死んで、お終いだと、本当に思ったら、たくさんの物を欲しがるわけがないのです。
自分の影を踏むことは、絶対できません。でも、相手の影を踏むことはできます。
自分を知ることは、絶対できません。でも、相手を知ることはできます。
他人の影を踏むことによって、自分の影を踏むことができる。
相手を知ることによって、自分を知ることができる。
この仕組みの、何と素晴らしいこと・・ 全能の神ならでの仕組みです。
2021.03.12
神は、人類に、必要以上の五感を与えておりません。
必要なものが見え、必要なものが聞こえるようにしてくれているのです。
犬の鼻は、微妙な匂いも嗅ぎわけることができると言います。
猫は、幽霊が見えると言います。
霊能者も、幽霊が見えたり、声が聞こえたりすると言います。
もし、そのような、目や、耳や、鼻を、持たされたら、私たちは、まともに、生きられるでしょうか?
何かが見えるから、何かが聞こえるから、意識が高いのではないのです。
意識の高い人は、何も見えない、何も聞こえない、常識人です。
どうか、常識人でいてください。
この世は、夢幻です。
幽界も、夢幻です。
幻覚も、夢幻です。
五感で感じるものは、全て、夢幻なのです。
あなたは、毎日、夢幻を見ているのです。
見過ぎて、もう、飽き飽きしてるのではありませんか?
なのに、まだ、見足りないのですか?
見えないことが、幸いなのです。
聞こえないことが、幸いなのです。
私たちに必要なのは、幸せです。
本当の幸せは、見えたり、聞こえたりするものではないのです。
見えるものは、幻です。
見えないものは、真実です。
私たちは、毎日、幻を見ているのです。
これでは、幻に惑わされてしまいます。
なぜ、瞑想が必要かと言いますと、真実を思い続ければ、幻に惑わされないようになるからです。
出来るだけ、真実を見る(思う)ようにしてください。
真実を見るには、目をつぶることです。
目をつぶると、何も見えなくなりますが、それが、真実を見ていることになるのです。
目をつぶってください!
見えないものが、見えます。
その見えないものが、自分だと思ってください!
私は、見えないものだ!
私は、見えないものだ!
私は、見えないものだ!
これが、瞑想です 。
神とか、生命とか、意識とか、光とかを、マントラにしている人が多いと思いますが、「私は、見えないものだ!」も、マントラの一つなのです。
2021.03.13
意識が無かったら、どんなに幸せでしょうか!
何せ、 苦しいことも、悲しいことも、痛いことも、体験しないですむのですからね!
勿論、楽しいことも、嬉しいことも、体験できませんが・・・。
しかし、 幸いなことに?・・(残念なことかも知れません?・・) 意識は、絶対に無くすことはできないのです。
なぜなら、意識は、人(肉体)に属するものでなく、宇宙に属するものだからです。
第一、意識が無かったら、「意識が無かったら、どんなに幸せか?」 と言うことさえ、思えないのですから・・・。
このように、意識は、絶対に無くすことができないのです。
ならば、意識を、どうすべきでしょうか?
幸せの中に、置くべきでしょう!
それは、 想念のコントロールによって、できるのです。
「想念が人生の全てを牛耳っている!」、と言っても、過言ではないほど、私たちの想念は、偉大なのです。
このことを、学んでいる皆さんに、もう少し、深く、知ってもらいたいのです。
一般の人は、良いのです。苦しむことで、魂を成長させることができるのですから、想いたい放題のことを思っても・・・。
でも、皆さんは、もう、そこを、通り過ぎた、魂なのです。
皆さんの最終的学びは、想念のコントロールです。
2021.03.14
私たちは、今日まで、欲望のコントロールと、感情のコントロールと、最終目標である、想念のコントロールの勉強をやってきました。
欲望と感情のコントロールは、おおよそ、学び終えました。
でも、想念のコントロールは、なかなか、難しいのです。
なぜなら、 雑念が湧くような脳を、持たされているからです。
でも、これは、神の愛なのです。
神は、人類に、 二つの特別な脳を与えてくださいました。
一つ目の雑念が湧く脳が必要なのは、飛んでいる雑念を集めるところに、瞑想の意義があるからです。
二つ目の脳が必要なのは、業を作らないようにするためです。
神を思っている時は、 この世のことが思えないので、業を作らないで済むのです。
この脳の特性を利用し、想念のコントロールをしましょう。
2021.03.15
私たちは、一体、何を知るべきでしょうか?
見えるものでしょうか?、見えないモノでしょうか?
見えないモノを、知るべきです。
なぜなら、見えないモノが、真実だからです。
しかし、見えないモノは、隠されていて、知ることができません。
では、どうしたら、知ることができるのでしょうか?
それは、人間を、知ればいいのです。
なぜなら、人間は、見えないモノによって創られているからです。
と言っても、完全に知ることはできません。
人間を深く知った分の、見えないモノが、知れるだけです。
「人間を深く知った分」という意味は、形を深く知る、という意味ではありません。
人間を、生かし、動かし、働かしている、見えない正体を深く知る、という意味です。
人間を生かしている、見えない正体とは、何でしょうか?
それは、意識です。
では、その意識は、何なのでしょうか?、何処から生まれたのでしょうか?
それが、解らないのです。
その解らない意識を、人間は、持っています。
と言うことは、人間は、解らない存在である、と言うことです。
人間は、意識そのものなのです。
形も、意識から生まれ、
魂も、意識から生まれ、
心も、意識から生まれ、
想念も、意識から生まれたからです。
それだけ分かっていながら、意識の正体が解らないのです。
何とも、不思議だと思いませんか?
2021.03.16
科学者は、偶然を信じていますが、本当に、偶然で物が生まれ、偶然で物事が起きるのでしょうか?
これは、偶然の産物でしょうか?
あなたは、偶然に生まれ、偶然に死ぬのでしょうか?
あなたの人生は、偶然で進むのでしょうか?
もし、偶然があるのなら、どんな生き方をしたっていいのです。
人を騙そうが、人のものを奪おうが・・・。
しかし、この宇宙は、きっちりとした法則(必然)によって、管理されているのです。
ですから、悪いことをしてはならないのです。
悪いことしたら、必ず、痛い目に遭うからです。
見えない何かが、心臓を動かしているのではないでしょうか?
見えないエネルギーが、車を動かしているのではないでしょうか?
見えないモノから、産まれてくるのではないでしょうか?
見えるものを生み出し、生かし、動かし、働かしているのは、見えないモノなのです。
私たちは、見えないモノによって、生かされ、 動かされ、働かされているのです。
その見えないものを、「 X 」とか、「神」とか、「意識」とか、言っているだけです。
見えないモノの研究をするようになったら、地球人類は、大きく飛躍するでしょう。
2021.03.17
「学びの凄さ!」
私たちが学んでる真理は、それは、それは、凄い学びなのです。
この真理を理解できる人は、地球では、ほんの僅かしかいないのです。
ですから、皆さん、誇りを持って学んで ください!
良いのです。誰に解ってもらえなくても・・・ あなたが理解し、あなたが成長したら、良いのですから・・・あなたが成長したら、宇宙も、成長するのです。
なぜなら、個は全体であり、全体は個だからです。
私たちが、学ぶべきことは、自分が「宇宙である! 神である! 意識である!」と、自覚することです。
自覚は、自分から得るのですから、自力です。
だから、ここの学びは、難しいのです。
でも、やることは、簡単です。
二つのことを、やれば良いのですから・・・
二つのこと・・・それは 、社会体験と瞑想です。
学びの要点は、意識について学ぶことです。
意識は、見えませんから、理解するのは、容易ではありません。
でも、意識は、自分が持っているのですから、自分の意識を探れば良いのです。
自分は意識です。意識は宇宙です。宇宙は自分です。
だから、自分の意識を探れば、宇宙を知ることができるのです。
どうか、自分の意識を探ってください!
きっと、宇宙の謎に迫ることができるでしょう!
2021.03.18
「私(意識)の独り言 パート1」
私が分からない!
どこから生まれたのかも、いつ生まれたのかも、分からない!
気が付いたら、私がいたのです。
私が分からない、迷子の自分・・、
どんなに探っても、分からない自分・・、
私って、一体、何なのでしょうか?
唯一、分かっていることは、意識を持っていることだけです。
どんなに探っても、知ることのできない自分・・ 何と歯がゆいことでしょう!
でも、探ってゆくうちに、私は、気づきました。
自分を知る必要がないことを ・・・自分を知ったら、自分が消えてしまうからです。
私は、諦めました。
今の私の望みは、自分を知ることではなく、幸せを得ることです。
幸せが得られたら、もう、何もいらないからです。
でも、せめて、分からない自分に、名前を付けましょう!
分からないのですから 、
「X」と、名付けましょうか?
「神」と、名付けましょうか?
「生命」と、名付けましょうか?
「意識」と、名付けましょうか?
いいのです。それでも!、あれでも!、これでも!、分からない自分でも!
私とは、そういう存在なのです。
2021.03.19
「私(意識)の独り言 パート2」
自由な意識の私が、どうして、窮屈な人間の中に、入らなければならないのでしょうか? 気がついたら、人間の中に入っていたのです。
人間の中に入るなど、望んだ覚えがないのに・・です。
一体、誰が、こんな、おせっかいなことをしたのでしょうか?
私は、おせっかい焼きを知りたくて、自分の意識を探りました。
でも、どんなに探っても、おせっかい焼きが分からないのです。
でも、探っていくうちに、気づきました。
おせっかい焼きは、原因無き原因者だと言うことを・・・。
私の存在は、結果です。
結果が有ると言うことは、必ず、原因が有るはずです。
でも、私は、永遠の昔から存在していたのですから、生まれたことが無いのです。
生まれたことが無いと言うことは、死んだことも無いと言うことです。
生まれたことも、死んだことも、無いならば、原因があるはずがありません。
このように、私を創った、おせっかい焼きは、原因無き原因者だったのです。
その原因無き原因者を、神と呼んでいるのです。
神を否定する者は、自分を否定する愚か者です。
そんな、愚か者にならないでください!
意識を一本の糸で例えると、糸の上の方の意識は、神の精妙な意識です。
下の方の意識は、自我人間の粗い意識です。
同じ意識ではありますが、波動に、大きな違いがあるのです。
ですから、神の精妙な意識で、自我人間の粗い意識を切ることができても、自我人間の粗い意識で、神の精妙な意識を切ることができないのです。
「切る」と言う意味は、介入や移入ができる、と言う意味です。
病気は、自我人間の粗い意識が、細胞意識に介入することによって、起きているのです。
人間の近くで飼っている動物達が病気になるのも、自我人間の粗い意識が、移入することによって、起きているのです。
このことは、上から下は見えるが、下から上は見えない、と言う例えで、分かってもらえると思います。
2021.03.20
野の鳥は、計算しません。
今できることを、精いっぱいやり、あとは、神に委ねています。
神に委ねていたら、必要なものは、必ず、与えられるようになっているのです。
神は、我が子を餓死させると思いますか?
欲望を、いっぱい持ち、物の取り合いをするから、或いは、怠けて何もしないから、餓死するのです。
あと何年生きるから、幾らお金を残しましょう! などと、計算はしないことです。
私たちが、やるべきことは、 野の鳥と同じように、今、やらなければならないことを、精いっぱいやること・・・そして、真心を込めて、瞑想することです。
そのように生きていれば、神は、絶対、悪いようにはしません。
さあ! 神を信じましょう!
神を信じ、今、やるべきことを、精いっぱい、やりましょう!
そして、
真心をもって、瞑想をしましょう!
新・光のメロディ「生かされるままに生きる」
2021.03.21
瞑想する前に、次のように、決心してください。
そうすれば、雑念なく、瞑想できると思います。
「マントラ以外、想わない! 想わない! 想わない!」と、強く決心すること。
途中、雑念が湧いたら、
「マントラ以外、想わない! 想わない! 想わない!」と、再決心すること。
瞑想は、1に想うこと! 2に想うこと! 3に想うこと! です。
(マントラとは、神・意識・生命・愛・無限など、皆さんの得意とするマントラのことです。)
繰り返し言いますが、瞑想とは、想うことです。
私たちは、一刻一刻、一日一日 、毎週毎週、毎月毎月、毎年毎年 、瞑想をしているのです。
あなたの、これまでの人生は、瞑想によって、作ってきたのです。
そんな、実績があるのですから、マントラを想い続ければ、間違いなく、自覚の境界線を超えることができるのです。
皆さんは、すでに、マントラの側面を、たくさん知ってますので、マントラを想うだけで良いのです。
瞑想を難しく考えないでください!
瞑想が難しいとすれば、継続できない点かも知れません。
でも、気持ちを奮い立たせて、瞑想を続けてください。
続けてください!
続けてください!
続けてください!
続ければ、「原因と結果の法則」が、必ず、実りをもたらしてくれます。
2019年 7月28日 修善寺塾・2019年7月21日 大阪塾より抜粋
2021.03.22
肉体が、想念を生み出すなら、肉体を自分だと思っても仕方がないでしょう。
でも、想念を生み出しているのは、意識なのです。
なぜなら、
意識が、魂を生み出し、
魂が、心を生み出し、
心が、想念を生み出しているからです。
意識が自分で、肉体は単なる意識の乗り物に過ぎないのです。
ならば、何を大切にすべきでしょうか? 意識ではないでしょうか?
「言葉・ 肉体」は、見える世界に属するものです。
「意識」は、見えない世界に属するものです。
「言葉・肉体」は、見えないモノから生まれたのです。
だから、見えない「意識」が実在で、「言葉・肉体」は非実在なのです。
人生は、「意識」の自分を知るためにあるのです。
意識の自分を知るためには、何度も、何度も、輪廻転生を繰り返し、原子核を大きくする必要があるのです。私たちは、その真っ最中にあるのです。
人生の扉・・・
産まれた赤ちゃんを見る度に、私は思うのです。
この赤ちゃんは、これから、どんな人生を、歩んでいくのだろうか?と・・・。
また、死んでゆく老人を見る度に、
この老人は、今日まで、どんな人生を、歩んできたのだろうか?と・・・。
皆さんは、今日まで、どんな人生を、歩んできましたか?
そして、今後、どんな人生を、歩んでゆくのですか?
せっかくの人生・・悔いのない人生を、歩みたいものです。
『人生の扉』
2021.03.23
今の世界の現状を見てください!
毎日、殺人、強盗、事故、病気、自殺、自然災害などが、頻発しています。
国際間の紛争も、多くなっています。各地で、内戦も、続いております。
独裁者が、国民を、武力で押さえつける国も、多くなっています。
経済的にも、貧富の差が広がり、庶民の不満が噴出しています。
加えて、コロナウイルスの蔓延によって、人々の苛立ちは最高点に達しています。
今、地球の現状は、病気で言えば、癌の末期状態にある、と言っても過言ではないでしょう。・・ 今のままで進めば、人類は、どうなってしまうでしょうか ?
光のメロディ「地球の願い」
地球環境の汚染が進んでいます。人心の荒廃が進んでいます。
どちらも、資本主義経済が抱える欠点なのです。
資本主義経済は、成長を続けなければ、やっていけない仕組みですから、どうしても、人の欲望を刺激しなければなりません。
人の欲望を刺激すれば、経済は拡大するでしょうが、地球環境の汚染が進むし、人心の荒廃も進むでしょう。
北極圏では、氷が、どんどん、解けています。
シベリアの永久凍土が解け出し、陥没が起きています。
気象異常が、どんどん、拡大しています。
森林火災が、あちら、こちらで、起きています。
地震も、頻繁しています。
このまま進めば、地球は、大変なことになってしまうでしょう。
光のメロディ「地球は泣いている」
どうか、地球のために瞑想してください!!
2021.03.24
人類の歴史を振り返ってみると、数千年間は、人力や畜力によるソフトな文明でした。
ハードな機械文明が発達したのは、わずか、 4・5 百年前からです。
特に、この100年間に至っては、右肩上りで物質文明が発達しています。
人類は、今の勢いで物質文明が発達すると思っているようですが、そんなことは、ありません。
なぜなら、心をないがしろにした物質文明は、必ず、崩壊するようになっているからです。
私は、ネガティブで言っているのではありません。
むしろ、ポジティブで言っているのです。
新しいものを作るには、古いものを壊さなければならないからです。
要するに、スクラップ アンド ビルドです。
精神文明が起るには、物質文明が壊れなければならない! ということです。
今の地球の現状を見ると、いつ、文明崩壊が起きても、おかしくありません。
それは、今日、やって来るかもしれません。明日、やって来るかもしれません。
誰にも分からないのです。それほど、切羽詰まっているのです。
ですから、いつ、文明崩壊がやってきても良いように、心の準備をしておかなければなりません。
毎日、多くの人たちが、死んで行っておりますが、一人一人の死が、文明崩壊なのです。
地震や津波で死んだ人は、地球の最後の日が来たと思っているかもしれません。
死んでゆく人には、状況が分からないのです。
学んでいる皆さんだから言うのですが、 肉体の死を恐れてはなりません。
むしろ、喜んでください! 肉の牢獄から出られるのですから・・・。
この世は、夢幻の世界です。
肉体の死は、夢から醒めた状態なのです。
私たちの意識は、永遠に死ぬことがないのですから、安心して、真我に任せたら良いのです。
心配いりません。神は、ちゃんと、行くべきところに運んでくれます。
神の計画は、万全です。
だからと言って、何もしないで良いと言っているわけではありません。
今、やれることを、精いっぱい、やることです。
今、やれることとは、
一家の主人なら、真心をもって、働くこと・・。
家庭の主婦なら、真心をもって、家族のお世話をすること・・。
学生さんなら、真心をもって、勉強すること・・。
そして、時間の許す限り、真心をもって、瞑想をすることです。
光のメロディ「人類は何処ヘ行く」
どうか、地球のために瞑想してください!!
2021.03.25
宇宙には、たくさんの星が輝いています。
明るく輝いている光は、恒星です。
その恒星の周りには、惑星や衛星などが、回っています。
人類が住んでいるのは、この惑星です。
エイリアンによって侵略される映画がありますが、UFOが飛ばせるようになった星人は、他の星を侵略するようなことはしません。
それどころか、幼い星の人たちを、温かく見守ってくれています。
地球も、見守られています。
彼らは、全ての人類が、同じ兄妹姉妹であることを知っているからです。
彼らは、神を認め、意識を認め、魂を認め、想念の偉大さを認めています。
その星の科学は、物質科学ではありません。意識科学です。
また、経済も、資本主義経済ではありません。人の善意を動力源とした、奉仕経済です。
お金がありませんから、欲を募らす人は、一人もおりません。
ですから、皆、仲良く暮らしております。
今、地球人類は、経済成長! 経済成長!と 経済成長に躍起になっておりますが、経済が成長すれば、幸せな人が多くなるはずなのに、逆に、不幸せな人が多くなっております。
これ全て、資本主義経済の欠陥から生まれた不幸なのです。
人類は、いつになったら、そのことに、気付くのでしょうか?
私は、理想の経済システム(奉仕経済)を、インターネットで発表していますが、もし、その経済が採用されたら、一切の不幸は、無くなってしまうでしょう。
夜空に輝いている星だけが、星ではないのです。
意識核一つ一つが、星なのです。
と言うことは、
鉱物も、星です。
植物も、星です。
動物も、星です。
人間も、星です。
意識核で創られている全てのものが、星なのです。
私たちは、いずれ、実際に星の中に入って輝く存在になるのです。
どうか、地球のために、瞑想してください!
それは、自分のためにもなるのですから・・・。
光の写真集コーナーより「春の夜空」
2021.03.26
基本的な「衣・食・住」の需要には、限界があります。
資本主義経済は、成長しなければ、やっていけない仕組みですから、何としても需要の喚起が必要になります。
そこに、狙いをつけたのが、人の欲望と感情を煽る手口です。
欲望と感情には、限界がありませんから、 刺激すれば、いくらでも需要を拡大させることができるのです。
例えば、
今、人類は、便利快適を目指す産業( AI 電気産業・娯楽産業・観光産業・ΙΤ 産業、など)を、どんどん拡大させております。
多くの人は、その誘いに乗って、お金を使っております。
これは、遊びボケさせる手口で、実に恐ろしいことなのです。
人間と言うものは、楽な方に、楽な方に、楽しい方に、楽しい方に、誘われやすいのです。
美味しいものを見せれば、むしゃぶりつくように、食べたがるのが、人間なのです。
一旦、欲望と感情に火がつくと、手がつけられないのが、人間なのです。
どうでしょう! 毎日、楽なもの、楽しいもの、に浸っていたら、堕落してしまいませんか?
この手口に気づいている人は、殆んどいません。
気が付いた時には、人類総白痴化していることでしょう。
いや、それ以前に、人類は、滅びていることでしょう。
「衣・食・住」が満たされた後に、人間が、求めるものは、楽しみです。
殆んどの人間は、その楽しみを、外側の物的なものに求めています。
何か良いように思いますが、外側の物的な楽しみは、すぐに飽きてしまうのです。
ですから、ますます、濃い楽しみを追い求めるようになるのです。
その点、内側の楽しみは、穏やかな楽しみですから、永続するのです。
どうして、人間は、外側の物的な楽しみを、求めたがるのでしょうか?
それは、人生の目的を知らないからです。
人生の目的を知った人は、内側の静かな楽しみを、求めることでしょう。
2021.03.27
人間(自我人間)と言うものは、実に、厄介なもので、肉体を、甘やかせると、トコトン、肉体は、甘えるのです。
人間は、肉体を、可愛がりたい!、楽しませたい!、保存したい!、と言う欲望が、ものすごく強いのです。
それは、仕方がないとしても、それを逆手にとって、人間を堕落させる、目に見えない存在に、注意しなければならないのです。
毎日、おいしいものを食べ、享楽に耽ってみてください!
一体、人間は、どうなってしまうでしょうか?、堕落してしまうでしょう!
なぜなら、下層の幽界の波動と、合致してしまうからです。
一旦、合致すると、そこから抜け出すのは、容易ではありません。
近年、地球では、その波動の影響を受けている人が、 多くなっているのです。
皆、その部類です。
人間は、厳しい体験をしてこそ、成長するようになっているのです。
なのに、楽しいもの、楽なもの、享楽ばかりに耽っていては、人間は、堕落してしまうのです。
私が、便利・快適・スピードアップを目指す、機械文明を良く思わないのは、そのためです。
私の子供の頃は、鉛筆を、ナイフで削っていました。
今は、自動鉛筆削り器の中に、押し込むだけです。
火を起こすにも、昔は、苦労したものです。
今は、ボタン一つで、火をつけることができます。
確かに、ナイフで、指を怪我することもありました。 煙りで、むせることもありました。
でも、その体験が、人を成長させてくれるのです。
楽!楽!楽! では、バカ人間になってしまうのです。
便利・快適・スピードアップ を求める文明は、白痴人間を作っているようなものなのです。
そんな、手練手管に乗ってはなりません。
学んでる皆さんだけでも、そのことに、気づいてください。
(GAFAと言われる、巨大IT企業や、情報関連企業が、なぜ、巨大化しているか、考えてみてください! 機械文明が、諸刃の剣であることも、知ってください!)
私たちは、
楽しんでいます。
なぜ、人間は、楽しみたいのでしょうか?
それは、心の虚しさを晴らしたいためです。
幸せが欲しいため、と言ってもいいかも知れません。
でも、そう言うものからでは、真の幸せは、得られないのです。
なぜなら、幸せは、外側のもの ( 便利・快適・娯楽・快楽・ お金・物)が、与えてくれるのではなく、内側のモノ(心)が、与えてくれるからです。
人間は、外側の何かが、幸せを与えてくれると、誤解していますが、外側のものは、本当に有るものではないのです。
だから、いくら得ても、心が満足しないのです。
でも、内側のモノは、本当に有るモノですから、心が満足するのです。
2021.03.28
私たちは、光の世界から出てきた、光の子です。
ゆえに、いつか、光の世界に、帰らねばなりません。
帰るためには、出来るだけ、原子核を大きくしなければならないわけですが、それは、瞑想によって、できるのです。
瞑想を強めてゆくと、自分が光ってきますが、その光は、ピカッ! と光る光ではありません。明るい光です。爽やかな光です。気持ちの良い光です。
ピカッと光る光は、物質界の光です。
ギラギラと光る光は、幽界の光です。
どちらも、粗い現象の光です。
しかし、瞑想で体験する光は、精妙な、真実の光です。
私たちは、真実の光に覆われて、光の世界に、帰るのです。
明るいところの、好きな人になってください。
光は、善です。正義です。完全です。万能です。
ですから、光が多ければ、悪いことの起きようがないのです。
私たちは、光の世界から出てきた、光の子なのです。
光の子ゆえに、本来、悪いことが起きるわけがないのです。
でも、私たちは、人間と誤解することによって、光を閉ざし、自ら、苦しみを招いているのです。
どうか、自分は、光の子である、と思ってください。
そして、常に、明るいこと、良いこと、肯定的なこと、ポジティブなことを、思うようにしてください。
そうすれば、一切、悪いことは、やってきません。
どうか、想念を上手に使ってください!
想念を上手に使う一番の方法は、瞑想することです。
2021.03.29
『神』
神って、本当にいるのでしょうか?と、あなたは、言います。
でも、間違いなく、神って、いるのです。
なぜなら、今、あなたが、いること自体、神がいる証明になっているからです。
神が、あなたに、なっているのです。
神が、あなたの妻(夫)になっているのです。
神が、あなたの子供になっているのです。
好きな人も、嫌いな人も、神の化身です。
この事実を知ってください。
神を否定する人は、自分を否定する人です。
神を否定する人は、自分の妻(夫)を否定する人です。
神を否定する人は、自分の子供を否定する人です。
そんな、愚かな人にならないでください!
神のメロディ「あなたは神!」
神とは何でしょうか?
永遠に解らないのが、神なのです。
なぜ、解らないのでしょうか?
それは、見ることも、触ることも、できないからです。
しかし、神が、何を望んでいるかは、解ります。
どんな望みかと言いますと、この宇宙を「真・善・美」で飾ることです。
私たちが、安心して生きられるのは、宇宙が 「真・善・美」で飾られているからです。
ですから、この宇宙には、何一つ、偽りも、 不善も、醜いものも、無いのです。
こんな、嬉しいことが、ありましょうか?!
あなたが、「真・善・美」に、寄り添って生きたら、何も思い煩うことはありません。
安心です。安泰です。ちゃんと、行くべきところに、運んでくれます。
行くべきところとは、天国です。
そのことを、疑ってはなりません。
なぜ、疑ってはならないかと言いますと、神の心は、広く、大きいからです。
神は、自分を信じない者であっても、天国に、連れていってくれるのです。
ましてや、神を信じている、あなたが、天国に連れていってもらえないはずがありません。
※ この宇宙は、「グー、チョキ、パー」の三すくみで出来ております。
グーは、パーに勝てません。チョキは、グーに勝てません。パーは、チョキに勝てません。
グーも、チョキも、パー も、単独では存在できないのです。
三つ揃って、存在できるのです。
つまり、人間と神人と神が揃って、三者が存在できると言うことです。
三位(身)一体 は、宇宙の基本の姿なのです。
2021.03.30
神は、姿形がないので、見ることも、触ることも、できません。
でも、見たいと思ったら、「真・善・美」を通して、見ることができるのです。
真なるもの・・ 善なるもの ・・美しいものは・・ 間違いなく、神の化身なのです。
しかし、偽なるもの、悪なるもの、醜なるものも、神の化身です。
なぜなら、光と闇は、二つで一つだからです。
私たちは、毎日、神を見ているのです。
いいえ、いつも、神を見ているのです。
なぜなら、全てのモノの中に、神がおられるからです。
山も、神です。
海も、神です。
砂漠も、神です。
空気も、神です。
水も、神です。
火も、神です。
あらゆるものが、神なのです。
あなたの妻(夫)の中にも、親の中にも、子の中にも、神がおられるのです。
私たちは、そこら中に、神を見ているのです。
2021.03.31