「僕は死なない!」
ウトウトした眠りから目を覚ましたとき
ジョージは目の前に、自分のことをじっと見ている
ひとりの見知らぬおばさんがいることに気がつきました。
金髪にコバルトブルーの澄み切った目。
こちらを見つめるその口元が
少し微笑んでいるようにジョージには見えました。
「おばさんは誰なの?」
ジョージがたずねました。
「バーバラよ。はじめまして、ジョージ。
私はお母さんのちょっとした知り合いなの。
今日はね、ご両親に頼まれてここに来たのよ」
そう言われて、ジョージがベッド脇の頭の方に目を向けると
心配そうな表情をしたお母さんとお父さんが
立っているのが見えました。
ジョージはちかごろ眠ったり起きたりを繰り返していて
夢を見ることが多くなっていたので
これも夢なのだろうか、と思いました。
そのときバーバラが手を伸ばして
ジョージの手をそっと握りました。
あたたかな温もりが伝わってきました。
あ、夢じゃないや。そうジョージは思いました。
「おばさんは看護師さん?」
ジョージがたずねました。
「そうじゃないの。
ここの病院の先生たちとはいつもなかよくしていてね。
ときどき頼まれると、こうしてやってくるのよ。
大切なことをお伝えするためにね」
「大切なこと?」
「ええそうよ。本当のこと‥‥」
ジョージにはバーバラが言っていることの意味が
さっぱり解りませんでした。
「なんなの? 本当のことって?」
そうジョージが言ったとたん
お母さんがワッと泣き出し、目にハンカチを当てました。
バーバラが言っていることの意味が
ジョージにもようやく飲み込めて来ました。
「お父さん。僕、死ぬの?」
ジョージが聞きました。
お父さんは何も答えなかったけれど
その顔がすぐにグチャグチャになったので
ああ、やっぱりそういうことなのか、とジョージは思いました。
「ねえジョージ」とバーバラが話しかけてきました。
「死ぬってどんなことだと思う?」
そのことはジョージの頭のスミにはいつもあったけれど
まだ先のことだと思っていました。
だから、それ以上は考えたことがありませんでした。
「自分が‥‥」
と少し考えて、ジョージは答えました。
「消えてしまうということ?」
「うーん、ちょっと違うの」
とバーバラが答えました。
「帰るのよ。もと居たところに」
「もと居たところ?」
「そう、あなたがもともと居たところ。そこに帰るの」
帰る? とジョージは思いました。ピンと来ませんでした。
「まだ思い出せないかも知れないけれど、私には解るの」
「解る?」
目の前に居るおばさんはいったいどういう人なんだろう?
とジョージは思いました。
「そう、解るの。解るし、見える」
「見える?」
「私はね、何度か死にかけたことがあるの。
けっきょく私は死ななかったけれど
そこで見てきたことや体験したことを
みんなにお話する役目をもらったのよ。
そこで今日、お母さんからそれを頼まれてここに来たの」
ジョージにもやっと事情が飲み込めてきました。
「あのね、ジョージ」
と続けてバーバラが言いました。
「先ずいちばんにお伝えしたいことは
死ぬことは苦しいことじゃない、っていうこと」
‥‥死ぬことは苦しいことじゃない。
その言葉を、ジョージは頭の中で反すうしてみました。
「ねえジョージ。生きているものはみんな
いつかは死ぬってことは解るでしょう?」
ジョージはこっくりと頷きました。
「でもね、死があるから次の生があるのよ。
森を見てごらんなさい。
毎年、多くの動物や植物が死んで
それを栄養にして、次の命が誕生しているでしょう?
こうやって、命は永遠に続くものなの。
そのはたらきを輪廻って言うのよ」
輪廻。
それはジョージにとって初めて聞く言葉でした。
「人間だって同じなの。
この世で死んでも、霊魂は生き続けて
しばらくすると、またこの世に生まれて来るのよ」
霊魂というものがあることを
以前にジョージは聞いたことがありました。
「じゃあ、僕は消えてなくなるんじゃないんだね」
「そう、もと居た場所に帰って、生き続けるのよ」
「僕が帰ったら、お父さんやお母さんとは、もう会えないの?」
「今のようには会えないわ。でもね
縁のある人の魂はみんなつながっていてね。
だから、離れていても寂しくなんかないわ。
それにね」
とバーバラが付け加えました。
「あなたには、帰った場所で
またやらなければならないことが待っているの」
「なあに? やらなければならないことって」
「うーん、それはこれからのお楽しみってところね。
行ったら解るわ」
そう言われると
ジョージの心にワクワクした希望が芽生えてきて
思わずジョージは笑顔を浮かべました。
つられて、それを見たお父さんとお母さんも
笑顔を浮かべました。
なんだかジョージは、今までの辛さが取れて
自分の体がどんどん軽くなっていくような気がしていくのでした。
次にジョージが目覚めたとき
お父さんとお母さんが、息をつまらせて泣いている姿が見えました。
見なれたドクターと看護師さんの姿も見えます。
バーバラも居ました。
みんながジョージのまわりに寄りそっています。
「あれ? 僕が居る。なんだ、ベッドに居るのは僕じゃないか」
目をこらして見ると
下のベッドに横たわっている少年はジョージ自身でした。
「お父さん。お母さん。どうしたの? どうして泣いているの?
ねえ、僕はここに居るよ。こっちだよ。上を見て!」
何度かジョージはそう呼びかけましたが、その声は届きませんでした。
「そうか。僕は死んじゃったんだ。
だからこんな高いところに浮かんでいるんだ」
そう気がついたとき、ジョージの目の前に
お父さんやお母さんと過ごした楽しい日々の思い出や
学校での出来事、友だちとのちょっとしたいたずらや冒険が
まるで高速で回るフィルムのようにいっぺんに押し寄せてきました。
そればかりではありません。
逆回転したフィルムは
ジョージが生まれた日の瞬間を飛び越えて、もとの居場所へ
そしてその前の生へ、前の前の生へと高速回転し始めました。
「そうか、そうだったね。思い出した。僕、思い出したよ。
僕の命は続いていたんだね」
ジョージが見下ろすと、お父さんとお母さんがまだ泣いていました。
「お父さん、お母さん、もう泣かないで。
僕は元気なんだからさ。ここにちゃんと居るんだから。
僕は永遠の存在なんだ。
でも今回の役目は終わり。ただそれだけなんだよ。
それは不幸なことでも、なんでもないんだ」
そのとき、ジョージの心に、お母さんの思いが飛び込んできました。
「愛しているわ、ジョージ」
次にお父さんの思いも聞こえてきました。
「ジョージ、君はよくやったよ。よく生きた」
バーバラの声も聞こえました。
「あっちへ行っても、続きを頑張るのよ」
「ああ、ありがとう。みんなありがとう。解ったからもう泣かないで。
僕がいつでも、お父さんやお母さんを見守っていてあげるから。
勇気を出して、生き抜くんだよ。悲しみに負けちゃダメだよ。
僕がいつでもついているからね」
そう言い終わったとき、ジョージを呼ぶ別の声が聞こえてきました。
「え、だれ? 僕を呼ぶのはだれなの?」
見ると、ジョージが小さいときに亡くなったマイケルお爺さんでした。
マイケルお爺さんとは久しぶりの出会いでした。
「そうか、僕には役目があったんだね。それを果たさなくちゃね。
お迎えに来てくれたの? お爺さん」
マイケルお爺さんが笑顔を浮かべて頷きました。
ジョージには、これから起きることについて
なんの不安も心配もありませんでした。
なぜって、ジョージには数多くの経験があったからです。
「でもちょっと待ってよ、お爺さん。
みんなに最後のお別れをさせてよね」
そう言うと、ジョージは下に居るみんなに声をかけました。
「ごめんね。悪いけど、僕もう行かなきゃならないんだ。
さようなら、お父さん。さようなら、お母さん。そしてバーバラおばさん」
その瞬間、三人がいっせいにこちらを見上げるのが見えました。
三人には、ジョージの明るい声が、確かに聞こえたのでした。
おしまい