2015年6月21日 大阪塾 (全再生時間:1時間51分49秒)
おはようございまあす。あのー、先日ね、えー、ある人から電話頂いてね。まあこれは、あくまでも、まあ、現象の話なんですけども。えー、自分のね、息子が亡くなったんだって。若くしてね。でね、その方はね、なんか息子さんと、こう、コンタクト取れる能力を、あるらしいんですよね。うん。で、時々こう、コンタクトを取るようなことを言っているんですよね。で、それは良いことか悪いことかという、質問なんですよ。亡くなった方と交信することはね、良いことか悪いことかという質問なんだけど・・。あのー、みんな情に任せて、そういうことすることは、何かいいように思うでしょ?で、よく霊能者たちが、帰った人とコンタクトをとっていますよね。まあ、本物もいれば偽物もいるから、全部が全部本当とは言えないけれども、まあ、中には本当にそういうコンタクト取れるね、霊能者はいますよね。当然ね。まあ、物質の世界だから、どちらにしたって現象の世界だからね。で、私がまあ、あー、その人に言ったのはね。うーん。神がね、こういう世界を作られたよね。現象の世界と幽界も現象だけれども、とりあえずは、そこは、今の普通の人の間では、もー、断絶されちゃって、連絡取れないようにしてある。それはそういう意味があって、断絶させているわけだから。それが、全員が全員ね、そういうとことコンタクト取れるようで、昨日も言ったよね。もう修行にならないよね。たい、体験の意味がないわけですよ。だからわざわざ神は、連絡取れないように、現象の世界、あー、要するに物質の世界と幽界と、連絡取れないように分けた。ということですよね。そこ、そういう意味があるということは、どういうことかと言ったら、結局は、亡くなった方との連絡をね、しないようにして欲しいために、そういうふうに作ったわけだから。それは、うーん。亡くなった方は亡くなった方で、向こうでやるべきことがあるんですよ。で、こちらはこちらで当然ね、あのー、普段の生活、まあこの物質の生活、に、あのー、まあ、沢山の人が溺れてるけれども、その中において学べるようになっているわけだから。ところがそういう風に、そういう、その方とね、そー、コンタクトが取れるように、いつもそういう連絡を取り合ってるとね、ハッキリ言って、地上のいる方も学びが出来ないし、要するに、要するに、感情的にも離れられないでしょ。情からね。特に息子さんだったら、お母さんの情っちゅーのは、濃いよね。そしたらね、いろんなことを思い出して、悔やまれることもあると思うし、そうするとね、この世の、ち、こちらの方の修行がしづらいのね。当然向こうの、亡くなった方もね、あのー、まあ親子の情あって、どちらが、あのー、想念を発してるか分かんないよ。これね、この話をするのね、想念の話をしたくて言ってるわけですよ。こちらが想念を発しているのか、向こうが想念を発しているのか分らないけども、お互いにそう、想念を発っしあって、要するに情的なもんで、えー、感情的なものが、えー、わー、要するに忘れられないよね。親子の、えー、そういうような、えー、関係を忘れられなくて、じょー、あの、連絡を取ってくるということだと、いつまで経ったって、あのー、この地上に降りてこなきゃなんないね、向こうも。こちらは低いからまあいいとしても、向こうは波動が高くなっている世界だからね。どんな幽界の下の方でも、そしたらやはり降りてくるでしょ。ちゅうことは、地上に縛られちゃうよねえ。だから私は、良くないですよっと、出来たらもう忘れてやった方が、あのー、帰った人のためでもありますから、ということで話したんですよね。これは、まあここにいる方の、もしね、そういうので、あの、結構ね、私のところに来てる人の中でそういうようなね。あのー、霊的な感覚持ってる人がね、いるからね。そういう人は、出来たらそういう、そのー、幽界との繋がりをね、持たないようにして貰いたいんですよ。こちら、ここも現象の世界よね。見える世界。物質の世界。幽界も物質の世界。私達は、そこを卒業しなきゃなんないんだから。いつも言うように、ねえ。ここが今、私達の、えー、物質の世界ですよね。ここにまあ、幽界があるわけですよね。これとこれは現象の世界だからね。あくまでも。ところがここは、神の世界ですよね。ここはもう何もない見えない世界。全く光の世界。意識界。元数1の世界だもんね。こことここは、これ、私が言ってんのは、幻数の世界、これでここは、分数の世界って言ってんですよね。これは、幻の数。こちらは分けられた数。要するに、元数1が分けられた数が物質界であり幽界ですよね。だから、この世界はあくまでも現象の世界だから、こっから私達は、ここに帰らなくちゃなんないんですよね。ここの間を、輪廻してたんじゃ、駄目なんですよね。私達はみんなここを今まで、あの、宗教で教えてんのは、ここの間を輪廻する。グルグルグルグル廻ることを、教えてるわけですよね。だからこっから離れなきゃなんないのに、いつまでもこの間をね、こことコンタクトとって、いてたんじゃぁ、お、幻の世界をずっと廻ってかなきゃなんなくなんのね。こっから離れなきゃなんないんです。こっちの世界に。ね。私達、まあここで学んでんのは、ここに帰る方法を教えてますよね、いつも。要するに、三つの方法で。社会体験して原子核を増やす。瞑想をやって原子核を増やす。ね。それから、思索をして原子核を増やす。というのはあくまでも、神の世界に返るためにやってるのに、幽界といつまでも繋がりをもってたんじゃ、お互いに迷惑なんよね。進化の道を閉ざしてしまう。だから出来たら、そこと離れて欲しい。して、その、そういう風な、えー、想念の交流だからあくまでも。ね。想念の交流をしているわけだから、その想念というのがね、要するに私達は幽界にも、想念というのは本当にね、この宇宙どこまででも飛ばせるんですよ。私達の思いそのものは。神の世界にも飛ばせるから、私達は瞑想して、ね。神の世界に、最終的に帰れるわけだよね。想念ちゅうのはもう、時空を超越してるわけだからね。幽界も、もちろん現象の世界であるけれども、神の世界はもう、時空の無い世界だから。ここは、ここは時空がないんですよね。全く、空間も時間もない世界。こっから、し、っし、ここを出た途端に、時空があるんですよ。時空がある世界。だから私達は、本当に総合された世界ですよね。ここはね。いつも言うんですけど、総合された世界。総合された宇宙だよね。うん。ここん中には、もう、すべてのモノが、総合されてあるわけですよね。可能性、すべての可能性。発展性。もー。要するに、もー、全脳の宝庫。すべてを生み出す元。大元。もー神の、そうですねえ。すべての側面を総合された世界が、ここですからね。ここに私達、帰んなきゃなんないんですよ。ところがこれをやってたんじゃ、いつまで経ったって、こっから抜け出せないんですよ。今まで私達も、もう何万回も、こうくるくるくるくる人間生まれて、また、肉体脱いで、こっちに帰って、また、人間として生まれてっちゅーこと、何万回もしてきてるわけですよね。それでもなお且つ、まだ、人間だと思って、こっちの世界に帰れないんですよね。これは、人間意識を持ってるからですよね。人間というとっから、中々抜け出せない。この想念が、ここ、こちらに向けなくちゃなんないんですよ。神の方に。この想念を絶対この、幻の世界、物質の世界に置いといてはいけないんですよ。私達は毎日、物質の世界に、もー、想念をおいてるもんね。この物質の世界のことしか考えないもん。そしたら、物質の世界のことしか、あ、あの、要するに原因作ってないわけだから。物質の世界のことしか返ってこない。だから、神の世界に意識を向けたら、神の世界の事が入ってくるから、私は昨日でも、想念を、の大切さを訴えている訳ですよね。なんせこの想念を、神に向けなさい。もうそれだけでいいんですよ。あの、よくね、業を無くしたいから、って言うんですよね。業を無くしたいから、あの過去世のセラピーを、思う、かこ、過去世を思い出すセラピーを受けたりなんか、あのー、してる人もいるんですよね。でも、そんなことする必要ないんですよ。自分の欠点。つまり、まあ、業といったら業かもしらんけど、自分の欠点をわか、を、とりあえずは表面にね、顕在意識に出したらそれでいいんですよ。業というのは、黙ってたら消えてくんですから。そこに何が必要かったら、今、大切なのは、神を想うこと。神の想念だけを上乗せしてったらいいんですよ。もうこれだけ。単純に出来てんですよ。神は自分を思ったらいいですよって。神を思ったら、もうそんな、業も何も関係ない。過去世の業も一切関係ない。単純に作られてんですよ。くどくどくどくど、昔のことをね、穿り出してね、えー、自己嫌悪に陥ったりね、悩む事何もないの。昔は昔でね、例えばよ。ここにね昔、Bさんがいて、ねえ。今この人がAさんという名前になった。これ過去では、Bさんちゅう名前。これ現在。ね。Aさんちゅう名前。この、この人が作った罪を、どうしてこの人ね、負う必要あんのって私言うわけよ。人間はよ。ここにある魂は、ここには一つの魂があるわけだから。この魂は、背負う、背負うよ。同じ魂だから。ね。この魂は、ここの魂もここの魂もおんなじなんだから、これは、魂が背負えばいいわけよ。でも、この人の、こ、個別で、個別の、個人に、の責任を、どうしてこっちの人が、負わんとなんないの?過去世のBの人が、Aの人を負う必要ないでしょ。でも実際は、あのー、生まれた時から負ってる人いるよね。子供の時、生まれたばかりで、いろんなあれ、不遇な境遇に生まれてきたり、体でも、おかしな体持ってきたり、生まれたりするよねえ。それは、この人が、この人が背負って、背負ってることは、背負ってますよ。確かにね。なんでかったら、原因と結果の法則が必ず働くから。これはなんでね、あのー、そういうことになるかったらね、この人は、そういう疑問をね、持たせることが必要なんですよ。あくまでも疑問。何にも起こってこなかったら、疑問持たないんですよ。そしたら、追求しようとしないから、あの、こう、向上できないんですよ。進化出来ないんですよ。そういう意味で、その不遇な環境に生まれてくるっちゅうことは、あるんですよ。でも、だからといって、それでくよくよくよくよと悩んで、またそこで新たな業を作るっちゅうことは、してはいけないよっていうことなんですよ。これね、こう、昨日も言った、アナログですよねえ。これ未来。こっちに流れててる。ずーっと。要するにこれは、物語を過去、現在、未来に渡って、物語を造ってるわけですよね。そしたら、ここの現在という今、今ですよね。これは、今ですよね。この今、どう生きるかだけが大切なんですよ。こっちの事、振り返る事ないんですよ。だから、反省っちゅうのは、本当は必要ないんよ。本当はね。でも、やはり、反省して、えー、曇りをとらなかったら、今現在の、うーん。どういうんかなあ。うーん。自分のそのー。環境ももちろん、ふく、含まるけれども。あのー、自分を見直すということは、あのー、必要なことは必要なんだけども、それに囚われちゃったら、げん、どういうんかなあ。そのー、くよくよくよくよ悩んで、苦しみを作るだけでは駄目なんですよね。反省っちゅうのはね。今の今、神想うことによって消えるようになっている。全部。だから、そっちの方に集中しなきゃなんないのに、過去世のことでごちゃごちゃごちゃごちゃ悩んでたりなんかしてたら、無駄な時間ですよっていう。そんな事しないでもいいですよっていう。神は、こういう仕組みを造ってんですよ。今の今正しく生きたらいいという仕組みを造ってんですよ。ここを、なんせ今の今これを、これが大切なんですよ。現在、今を正しく生きるっちゅうことが。これがねえ、ものすごく大切なこと。そしたらね、過去の事、この、この人のやったことも何もね、この人やったことは、ほっといても消えていくわけですよね。でも現在のこの人の、いーの、あの、境遇において、えー、不遇な環境に生まれてきたり、肉体的な、うーん、ねえ、いろんなその、ねえ、病気持って生まれてきたりする人もいるし、あのー、体の不自由な人で、生まれてきてくる人もいるでしょ。そういう人達は、確かにこの影響を受けてんよ。このBの人の原因を発したことに、端を発して、今現在、そういう環境を与えられてるから、そういう、あのー、業を引きずってると言えば、引きずってるわけよ。でも、これもね、普通一般の人達はね、どうしてこの、過去の、えー、原因だよね。過去の原因を、どうして消すかっちゅうことを教えてないんですよ。これは、今現在、ここで消せるんですよ。今を正しく生きれば。確かに、あのー、か、病気や何かになって、背負ってきて、それからあのー、環境のようにでも、苦しい面があるかもしらんけど、それを、ここの過去の業が消えてってる状態なんですよね。消えてってるわけだから、そこに新たな業をつけなかったら、もう消えてっちゃうんですよ。その生において。完全に消えるんよ。ところがね、その過去世のその業を、引きずったことが、その人のその、やはり悩みとか苦しみになって、またそこでね、作るから駄目なんですよ。新たな業を。だから今正しく生きることが正しい。あーん。生きることが必要だって私が言うのはね、今、新たな業を作らないっちゅうことですよ。新たな原因を作んないっちゅうことですよね。新たな原因を作んなかったら、これはもう未来に引き継がれて行くことは無くなるわけだから、過去の業はもう、実際消えているわけだからね。いろんな環境、あー、環境においての苦しみや、病気になった、時の苦しみとかいうことに、消えてってるわけだ。そこで、新たな業をつくんなかったら、もう、今正しく生きなさいっちゅーことはそういうことなんだ。新たな原因を造ってはならないということで、今正しく生きるっちゅうことを私言ってるわけですよね。これがね、ものすごい大切なことなんですよ。新たな業を作らない、つまり、今を正しく生きる。そしたらどうするかったら、神を思えばいいんですよ。神を思えば。神を思えば、悪いこと思わないで済むんでしょ。昨日も言ったように、想念を正しく使えば、神を思うっちゅうことは、正しく想念を使っていることだから、新たな業を作らないですよね。これね、これが、良く、あのー、分かんない点なんですよ。今を正しく生きるっちゅうことは、新たな原因を作らない。それはどうするかったら、神を思えば良いということですよ。もう、この一つに尽きるんですよ。そしたら、もー、こっち考え無くても良くなっちゃう。今、新たな原因を作んないということは、いい原因を作ってるわけだから、これは当然、未来に向かっていい原因を残しているということですよ。だからなんせ、今の今を正しく生きることがね、もー、もー、一番大切なこと。だから今自分で苦しんでる人、人がいたとしたらね、今の環境とか、まあ、なんちゅうの肉体的にね、何か、それが過去世のモノで、あったとしても、今を正しく生きることによって、全部精算出来るの。これね、あのー、あのいろんなその宗教なんかではね、業を消す、業を消すって言うんですよね。業を消すことなんか出来ないよ。自分では。今を正しく生きたら業を消してることになる。新たな業を作んなかったら、それで業を消してることになんの。なんでって、過去の業はもう消えてってるから。苦しみ、自分の苦しみで、すでに。いろいろ、その過去において今、あの自分の不遇な境遇にあって、苦しんでるということは、その苦しみ自体が、もー消えてるわけ。過去の業を消してるわけだから。だから新たにつくんなかったら、いいわけよ。だから、新たに作らないようにするにはどうするかったら、神を思えばいいだけ。こんな簡単なことないんよ。だから、瞑想。知花先生が、瞑想ですべては解決出来ますよっ、というのはそこなんよ。今を正しく生きるっちゅうことは、神を思えばいい。神を思うということは、もー悪いこと思わないわけだからね。神を思ってるときには、二つ思えないんだから。良いこと思って、悪いことも思えないわけだから。神を思いながら、悪いこと思えないよ。そしたら新たな、業を作ってないわけだから。だから私はね、もー、あんまり複雑な事考えないでいいんですよ。なんせ今の今を、正しく生きればそれで、一切そのー、ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅとそのー、あのー、か、過去の事考える必要ないの。こんなね、やさしい方法ないよ。だからねもー、瞑想一つで全部、自分の原子核を増やすことが出来るし。なおかつ、か、過去のー、過去を清算出来るし。で、未来に新しい素晴らしいものが残せるし。もー、これはね、もー、一挙両得じゃなくて、三つも四つも、いい影響を与えること出来るんよ。だから瞑想が一番大切だっちゅーのそう。瞑想っちゅうのは、その、吾神なりという瞑想だけじゃ無くて、もー、自分が持てる時間、要するに使える時間を、神の方に向けれは良いんですよ。吾神なりっちゅー思いをもてばそれは、それ以外のこと思えないわけだから、思わないわけだから、あのー、悪い原因を作んないということはあるんだけども。なんせ昨日言ったように、神と親しくなること。常に、何やってる時でも、神がやってんだ。今歩いてるのも神がやってんだ。今掃除してるのも神がやってんだ。なんせ、神に意識を向ける、思いを向けるようにして欲しいんですよ。そしたら、それだけで、いい原因を作ってるから。こんなね、簡単単純なことないんですよ。これね、ぜひね、実行して。もし今、あのー、過去の業で苦しんでる人がいるとしたら、過去の業というのはもー、もう消えてってるわけだから。そこで新たな業さえ作らなかったら。それをね、あのー、あれですよねえ。うーん、意識して日々生きて欲しいんですよ。神思いながら、生きるっちゅうことでね。だから、想念というのが結局そういう、そういうものに使って欲しいんですよ。過去の苦しい業を消したかったら、今の想念を正しく使って欲しいっちゅうこと。そしたらすべて、もー、過去に遡ってさえ、消すことが出来るんよ。なんでかったら、今そういう正しい想念を持とうと思ったのは、過去の、過去でそういう原因、あのー、過去で学んだからなんよ。ということは、過去を変えたことにもなるわけよ。今こうやって私のお話を聞いて、あっ、そうか。そしたら私はやろうかなっと思う。今ここに来たこと自体がそうなんですよ。ここに来たこと自体が、過去のいろんな体験に基づいて、その人の中に蓄積されていたモノが、ここに引っ張ってきてんだから。ということは、今正しく生きだしたのも、過去を変えた事になんよ。過去の実績が、そういう風に結びつけてんだから。今ここに、この真理を学ぼうと思ったのは、過去の実績からだからね。過去にそういうような、実績が残してたから、今ここに来て学ぼうと思うようになったわけだから。だから、過去学んでない人は、今ここに来て学ぼうとはおも、おも、学ぶことが大体ないわね。ちゅうことは過去を変えられないよね。その人は。ちゅうことは、ここに来て、今の正しい生き方をしよう、正しい想念を持とうと言う風に、ここで決心してやろうというふうに思えたのは、過去の実績があったからっちゅうことだから、過去を変えたことになるんですよっと、私は言うわけよ。そしたら当然、未来も変わるわねえ。今はもう、正しい想念しか持たないんだから。だから、過去は変えられないと思ってるけど、そうじゃないんですよね。今の今、どう生きるかで、過去も変わるっちゅうことなんですよ。だから私はあのー、いつも言うのは、なんせ、今の今を正しく生きてください。これしかないんですよ。過去、現在、未来は今の一点にあるんですよっていうのは、そこなんですよ。だからね、あのー、私達はね、今の一瞬一瞬を、の、生き方が大切になってくるんですよ。これはね、本当にね、今の今を正しく生きるっちゅうことは、今の今の、一瞬一瞬を、正しい原因を作んなさいっちゅうことなんですよ。正しい原因を作んなさいっちゅうことは、正しい想念を持ちなさいっちゅうことなんですよ。想念がすべてだからね。想念を正しい原因を作る。想念が造ってるわけだから。正しい想念を持って欲しいというのは、私はそれを言うんですよね。この想念がいかに大切かということを、私はこれからも何回も言うけれども、今のこういうことに結びついてんです。すべて。あのー、私達には心ってありますよね。今日は心という、あれになるのかもしらんなぁ。題は。このこれをね、なんせ、今の正しく生きるっちゅうことを、ものすごくこう、自分のその、意識の中に確立して、もう、忘れないようにして欲しいんですよね。心って、心って言うのは、あれですよねえ。よく器って言いますよねえ。心っちゅうのは、器ですよって。知花先生も、心とは何ですかって言った時に、器ですよって言ってるよね。これー、1、2、3、4、四つの口があるでしょ。1、2、3、4なんです。これは、心の、心の、仕組みっちゅうか、どういうもので心が創られてるかっちゅうことなんですよね。これは、理性ですよね。で、これは、欲望。これは、感情を表してるんですよ。感情。だから、心というのは、よく、まん丸な心というでしょ。まん丸な心っちゅうのは、欲望と、感情と、知性と理性、がバランスよく、まん丸な中に、バランスよく組み込まれた時に、まん丸の丸い心って言うんですよね。これは、本当のそのー、まあ、私達がこの地上界で、肉体持って出てきて、正しい心を表現する、一つの指針というかな、欲望と感情も膨れ、も、バランスとれ、知性と理性ともバランス取れてる状態、まん丸な心を、が、正しい心。まあ、えー、人間として生きてる中において、於ける、人間、正しい人間の心っちゅーんかなぁ。まだあれですよね。人間として私達はいるわけだから。一般の人も、人間として生きてるわけだけど、一般の人達も、こういうような心を作ったら、正しい人間の心になるんですよね。だから、あのー、偏りの無い心。が生まれるんです。ところが、普通の人達はね、こうなるんですよ。か、えーと、欲望が膨らんできて、感情が膨らんできて、知性が引っ込んじゃって、もちろん理性も引っ込んじゃって、だからこういう心になるんですよ。だからこれ、ハート形だよね。このハート型の心っちゅうのはね、これいいと思ってるでしょ。この、ハート型の心っちゅうのは、一番良くない心なんですよ。知性と欲望と感情が膨らんじゃって、知性と理性が引っ込んじゃうの。だからやられちゃうの。もー、かん、欲望とか感情で理性、り、自分の理性が働かない事が起こっちゃうの。こっちが大きくなっちゃうから。これは、今の人類がすべての人、もう100人いたら100人全部こういう心になってんよ。ハート型の心になってる。これね、こっちの心に戻して欲しいんですよ。まん丸。どっちでも、そのバランスのとれた、心。感情、もちろん、あれよ、欲望も小さかっちゃ駄目なんですよ。今ここに肉体持ってる、どきは。全然欲望も無く感情もないという、じょ、状態だったら、逆になっ、逆な波動になっちゃうよね。それも良くないわけよ。なんせ、まん丸な心にしなきゃなんないんですよ。よく、丸い心っちゅうよねえ。これが正しい心。こっちの心になってしまったら、もうだめ、欲望と感情膨らまさって、普通はもー、これで、あの戦争してんだから。けん、喧嘩もしてるの。こういう心を持った人ばっかりが今、この地球にはいるわけだから。そらー、ねえー、もー、争いごとが絶えないの当たり前。私自身が、体験してるもん。感情が膨らんだ時は、もう理性抑えられないんよ。もー。かー、となって、みんな喧嘩してんのそうだよねえ。理性、抑えきれないんだもん。欲望が、もー、膨らんじゃったら、知性抑えられない。もうあれでしょ。それこそ、もー、あのー、よくねえ、あのー、女性を襲ったりなんかするっちゅうのは、もー、知性の塊の、ものすごい頭のいい人でも抑えられないでしょ。あれはもう完全に、知性の方が、もー、失っちゃってる。欲望が大きくなっちゃって。だから、えー、高校の、いや、あのー、どっかの、校長先生が女性のところね、なんかしたというのは、結局はもう、知性が引っ込んじゃって、欲望が膨らんじゃってるから、そういうこと起きるわけよ。あれなんか抑えられないんだもん。私ね、昔、また、自分の、いつも私は、自分をダシにするんですけどね。いや、こういう体験をね、話さないと、あのー、私の本当に言ってることがね、本当に言ってることが、正しいこと言って、正しいじゃない、要するに、えー、誤魔化し、あるかないかっちゅー、これ、私の言うことで、これ分るんよ。私はただし、自分のその、えー、体験したことをね、恥ずかしいことだけども、いうのはね、わ、私の体験が間違いないっちゅうことを、知って欲しいから。言うんよ。自分ダシにしたり、さ、さ、酒の肴にするわけよ。あのね、うふふふふ!まあこれも、本当に恥ずかしいことなんだけどね。もう暴露するわ、今日!あのー、私の妻を亡くして、ね。で、やはりあのー、まあ子供が2人いてね。で、母親と3人で、まあ、あのー、マンションに引っ越して、新しいそのー、まあ、妻を亡くしてからの第一歩を踏み出したんよ。ね。で、やはりね、そのー、要するに、女性を求める気持ちがまだ強いよねえ。あのー要するに、奥さんを亡くしちゃって。ねえ。でね、私ね、えへへへへ!もうこれは、もうはんか、ハッキリ言って、えー、感情が丸出しになって、知性が、いや、り、理性が全く引っ込んじゃってる、じょ、状態のあれなんよね。ある人、女性が好きになっちゃったんよ。うん。毎日、電車ん中で会うの。ね。何とか自分のね、その気持ちを伝えたい思ってね、まあその頃は、まだ若い時だからね。35だからね。私。妻を亡くしたの。まだ、結婚再婚も出来るよね。その歳だったらね。その頃に、えへへへ!もう好きになっちゃった、人がいてね。で、その人に、何とか、あのー、接触する方法ないかねって、手紙書いて、ね、渡そうとしたことあるの。そん時はねえ、自分の感情っちゅうんか、抑えられないのね。もー。理性。まあこれはもう、あれだけどね。まあ結局、渡せなかったんだけどね。えへへへへ!要するに、それはもう感情がブワーッと、膨らんでる状態。ね。まあ35ったら、まだねえ。再婚出来る。えへへへ!まだ、普通だったらねー、別に、初婚でも35の人、40でもしてる人、最近いるんでしょ。まあ、そういうことも、私もあったわけよね。それは感情が膨らんで、抑えきれ無くなんのよね。まあ、その人私のね、会社のね、近くのね、銀行の、銀行の女性。あー、銀行に勤めてた人だったんよね。その人、やはり、銀行に行く用事あるよね。そしたらその人、と、やはり、その、仕事上でもさぁ、通帳渡したりなんかするよねえ。向こうは私のこと知ってるかなぁっと思って、全然知らないよねえ、私のこと。無視されんのよね。それでも、こっち好きになってるから、うん。そういうことも合ったっちゅうことね。それは感情が膨らんで、抑えきれ無くなるということよ。まあ証明を一つ、あのー、ここで言いたかっただけであって。これハッキリ言ってねえ、あのー、私の、あれなんよね。まあ、えへへへ!酒の肴にして欲しい。うふふふふ!まあそんなことは、どうでもいいんだけど。要するにね、この心というのをね、これはね、どっから来るかなんですよ。こういう心が、こういう心に、こういう心になる。なると、このね、今、こっから放つ想念なんですよね。結局は。こっから放つ想念。うん。結局ね、こういうことなんですよ。これが大きくなった時の想念ちゅうのは、これ、完全に悪想念になるん。これが悪想念になっちゃうんよ。今みんなこっから、悪想念放ってる。こういう時にはね。もー、何かを欲しい。ねえ。例えば今言ったように女性が欲しいとかね。もー、あー、好きになるのも、かーっと好きになっちゃったら、もう、こっちが膨らんでるでしょ。そしたら、ここで思うっちゅうことも、悪想念ばっかりでしょ。ここはね、正想念なるんよ。この丸い心では正想念にしかならないの。バランスとれてるから。こっちが膨らもーたって、理性が働くの。感情抑制するわけよね。欲望が膨らむようになったら、知性が抑えるの。バランスとれてる時。だから、た、正しい想念になるわけよ。だから、正しい行為になるわけよ。これは。行為に結びつくよねえ。言葉も。言葉も正しい言葉になるよ。当然。こっちたら、悪想念になったら、もうこれはもう、言葉も、もう、あ、あく、悪い言葉になるよ。もちろん、もー、悪い行いするよねえ。想念の元だから。思わんかったら、行為に、言葉にもならないし、思いにもな、行為にもならないんだからね。だから、結局今、この地球上が、おかしくなってるっちゅうのは、ハート、心がこういう状態になってるから。ハート形になってるから、今の地球では、もー、争いごとが絶えない。これね、自分のね、よーくね、自分の心を見て欲しいんですよ。今、自分はどっちが膨らんでるか。私みたいに、膨らましたら、もうそれ、ハート形になってるっちゅうことよ。そん時は。これね。よく見て欲しいんよ。この知性と感情と、ち、え、いやー、欲望と知性と感情と理性がね、どの、バランスとれてるかどうか。それをね、冷静になってね、見極めたらね、自分のた、心が正しいか、丸い心になってるかどうかっちゅうのが分るよ。これ、じ、ぜひね。こういうことをね、考えて、自分の今の心の状態。これはあくまでもあれよ。人間心よ。今、これここに言ってるのは。この、人間心っちゅうのは、この世の中で、正しく生きるための一つの指針であって、ね。この人間心を持ちなさいって言うんじゃないよ。これを、し、進化させていかんと駄目なんよ。これは自覚の境界線越えたら、どういう、そしたらね、心になるかっちゅうことよ。これ次にね、ちょっとあれしようねえ。自覚の境界線越えた時の、心はどういう心になるのかっちゅうことだよねえ。もちろん、まん丸よ。これがね、希望になるんですよ。これは、愛情になるんですよね。この感情から愛情に変わるんですよ。この知性と理性は、もちろん、これはもう、持ち越すんですよね。これがまん丸なここ、これがまん丸な丸い心が、これが、ここのきょ、自覚の境界線を超えた人の心。が、こういう心になるんですよ。欲望の中身が違ってくるっちゅうこと。感情というのが亡くなって、愛情になること。こういう心になんですよ。この、自覚の境界線越えたら。これが、あれですよねえ。私達が将来、自覚の境界線越えてくときの心の状態。まん丸な心。これもしたけど、神の心じゃないよ。途中の心だよね。神の心っちゅうのは全然別よ。神の心というのはね、これなんですよ。神の心っていう心、心というのは、心という状態でないかもしらんよね。これなんですよ。真善美。これが神の心だと思ったらいいんですよ。真善美を貫き通す心と言ったらいいかな。この宇宙に、貫かれている。宇宙に貫かれている柱。支柱だよね。は、真善美が元になってるんですよ。だからこれが、心だと思ったらいいですよ。宇宙の心。真善美が。だからこういう心も、は、途中まで。ここの、途中までと、神に返るまでも、も、持ち合わせる心と思っていいかもしれないんですよね。自覚の境界線を超えて。まあ、あくまでもこれはあれですよ。ね。その人がどれだけの、あのー、進化度を遂げてるかによって、その希望の中身も違ってくるよね。愛情の中身も違ってくるよね。当然。ね。これが、正しい想念を生み出すんですよね。こういう心が、正しい想念を生み出すんですよね。だから、人間の心、まん丸な心を持ってて、正しい正想念と、ここの正想念とは、ちょっと違ってくるっちゅうことですよ。自覚の境界線越えた人が、の、えー、正しい想念と、人間心を持った人の、まん丸であっても、人間心を持っている人の正想念とは、正しい想念とはちょっと違うんですよね。どうしても。ちゅうことはなんでかったら、この欲望と感情というのは、この世的な、む、あのー、感情と欲望持ってるわけだから。ところが、ここの希望と愛情というのは、この世的なものじゃ無くなっちゃうから。だから、その、正しい想念の持ち方が、全く違うんですよ。大きなものに移ってくんですよ。ここは、ち、やはり物質的なこと。の正しい、行為と言葉というふうになるけれど、ここは違うんですよ、もー、宇宙。大きなものだよね。宇宙をどうしたら、素晴らしい宇宙に出来る、し、出来るかとか、そういう風な方にかわってくんですよね。だから希望になるんですよ。この愛情というのは、当然のことながら、進化だからね。進化の愛情になるわけよね。進化させるためには、どういう愛情注いたらいいかって言うことに、変わっちゃうからね。これは、もー、感情と欲望っちゅうのはあくまでも、こー、あれだよ。物質的に、ですからね。どうしても。だから、あのー、自覚の境界線超える、ん、ん、した、人と、自我の境界線超えた人の、そのー、心のあり方っちゅうのは、同じまん丸であっても違うっちゅうことですよね。で、神のとこに帰ったら、もうこれしかないっちゅうこと。真善美の心しかない。もう心と言ったら、これが心と言ったら心と言えるかもしんないけども、心は。よく、寛大な心って、知花先生言ってたけども、もー、そうだよねえ、もー、宇宙を包みこむような、この真善美そのものがそうだからね。宇宙の一番、そのー、どう宇宙を、えー、秩序立てているか、その大元になってるモノが、真善美だからね。だから、ここにこれを、心と言ったら宇宙の心と言えるかもしんないよね。まあ、これはもー、あくまでも、あの、あれなんですよね。あの、知識的みたいなものになっちゃうから。あまり、あのー、どういうんかなあ。直接、自覚に結びつくことじゃないかもしらんけど、ただし、あれだよね。こういうような宇宙の仕組みだよ。つまり私達の心というのは、こういう仕組みですよ。で、神というのは、こういうことの、神の心はこういうことですよっていうこと言って、神のいろんな側面をね、あのー、しって、し、知っていけると思うんですよ。いつも言うように、吾神なりのマントラの中にね、いろんな思いを含めなさいと言ってるのは、こういうことも知っといた方が、吾神なりというのは、あっ、そんな、ものなんだ。そういうものを含めた、られたらね、こういうことを含められたらね、やはりマントラの中身がだんだんだんだんと厚く、重く、深くなってくるから。だから、ちょっとこういうお話するんですよね。で、なおかつ、この想念の、想念というのはどういうものか、出てくるかだよね。私達が、悪的想念を、も、出すの、結局、こっから出てるっちゅうことを知って欲しいんですよ。こういう心から出てくるんですよ。それをコントロールするにはどうするかったら、せ、えー、欲望と感情とね、知性と理性をバランスとって欲しいんですよね。そしたらもー、ここにいる人そういうことわかったら、あまりそのー、悪い想念を出さ無くなる。だろうと思ってるんですよね。こっからは悪い想念、で、で、出てきようがないんですよ。まん丸な心からは。よく、足ることを知るって言いますよね。足ることを知るというのは結局、あれなんですよね。こういう欲望や感情が膨らんでるからね。多くのも、物を持ちたいという。足ることを知らない心、が、になってしまうんですよね。やはり、バランスがとれてるとね、面白いもんでね、もう本当に、そんなに、よく、あんまり、物が欲しいとか、そいから、ねえもちろん、あのー、いろんな、その、欲望だから、あれよねえ、地位や名誉、権力欲とかそんなものも、あまり欲しく無くなってくんのね。バランスとれるとね。で、かーっとなって、喧嘩することも少なくなってくるよね。知性が、理性と知性が働くから。バラン、抑えるからね。どうしても。理性と知性とバランスとれてる時はね、そういう感情、欲望を抑えるんよね。だから、結構、まん、バランス取れた考え方になる。なるわけだから。そこにあのー、人と衝突するようなね、その想念の持ち方も、出来ないのね。で、なおかつ、り、自覚の境界線を超えられたらね、全く欲望と、あのー、感情が別な形になるから、なお、もー、ただただ進化したい、進化させたい、宇宙を調和させたいっちゅうふうに変わってくよね。まあ、私達のその、心の構造っちゅうのはね、こういうことなんだけど。結局ね、この大元っちゅうのは、意識だからね。これの大元は。これをつく、こ、ここのを、ここの意識が結局そういうような心を作り、作って、その心から想念が、いろんな想念が出てくるわけだから、大元はやはり、意識ですよね。この意識というのは、神の意識だから。一つしかない意識だから。ただその意識が、形をとることによって、こういうようなあのー、心を作り上げてしまって、その心から生まれてきてる想念によって、私達はその、えー、原因と結果を作ってるわけですよね。この意識が神意識ということで、一つの意識から来てると。神意識ですよね。私達の本当に本性は神だからね。神から来てるから。いつも言うように一つのモノ。神から、あのー、発祥して、鉱物、植物、動物、人間と進化してきたわけだからね。神、一が、こういうふうに沢山のこの分身を作って、その分身が、進化の道を歩んできてるわけですもんね。だから、鉱物であろうと、植物であろうと、動物であろうと、あのー、人間であろうと、全部神様の分身であるっちゅうことだから、で、この、この、分身たちは、真善美という柱、真っ直ぐなる柱に沿って、行くように出来てんですよね。こっから、はみ出すことはないんですよね。この真善美というのがね、神の手なんですよ。神の手の中。つまり神の手の中というのは、この、真善美つまり法則だ、ですよね。法則。私達は法則の中からは、出られないんですよ、絶対。神の手の中からは、絶対出られないんですよね。出たら苦しむようになってるから。だから、あのー、今みんな人類苦しんでるのは、神の手の中から出ようとするから。この法則を犯そうとするから。手の外に出ようと思ったら、必ず法則によって、真ん中に引き寄せられるから。その真ん中に引き寄せる、られること自体が苦しいんだから。だから絶対、法則の手、神の手の中から出られないようになってるんですよ。意味の無いことないからね。必ず意味があるよね。その意味を考えよう。えへへへへ!今日バスの中で。えへへへへ!うん。あのー、本当にね、そうなんよ。意味の無いこと絶対起こりえないの。こんなの偶然で起こったとかね。っと思うでしょ。普通はそれで終わらしちゃうのね。でも絶対違うんよ。必ず意味があるはずよ。その謎を解いたらね、ちゃんと。結局、神に繋がるよ。これ一つ、面白いあれかもしらんから、問題出されてんのかもしらんから。この問題解いてみよう。ね。今、その意味はわかん無くてもね。何か通じてるはずよ。神が完全であるっちゅうことは、すべて、ね。そこで道路端で石に躓いて転ぶのも、必然だから。すべて必然だからね。だから、その必然ということは何かったら、必ず神を知りなさいっちゅう事にね、結びついているん。私の体験から言っても、全部そうだったから。だから、あのそういう風な見方していくとね、あれなの、進歩があるの。偶然で終わらしちゃったら、進歩はないよね。今の世の中の人は、全部偶然で終わらしてるでしょ。だから、原因を追求しない、しようとしないから、進歩がないわけよ。これを、原因を追求していったら、必ずね、り、意味があるっちゅうことなる。どっか、なにかのげん、えー、結果があるっちゅうことだから、原因があるわけだからね。それは、すべて神に繋がっているはずよ。その謎を解くの楽しみだね。えへへへへ!これはパナソニック?パナソニックね。あのー、よくあのー、自動車でも、あのー、同じね、部品を使って、同じ作ってても、そのー、そこの、作る人達の心の問題っちゅうのは、ものすごく、おんなじ、ソックリそのままの設計図で書いてもね、違ってくるっちゅうこと。これはもう私ね、あの、あることから体験させられたことあるんだけどね。背後にあるのは全部意識だからね。その意識がね、微妙にね、その現象の世界にね、現れ方、あー、違って現れてくるのね。だから本当に、世の為人の為って、おんなじ部品で作ったモノと、儲ける為と思って作ったのとは、全然違ってくることは確かよ。心がすべてだから。想念がすべてだから。想念によって現わされてる世界だから。当然ね、違ってくるよね。これは本当にそうよ。だからね、動機というのがね、一番大切になってくるの。真理を求めるのも結局ね、その動機がどれ程、純粋かということに掛かってくるのね。私があのー、祈りの中でね、訴えて。要するに、世の為人の為に使ってくださいって言う、あの祈り方がね、本当に純粋であればね、必ずね、使って貰えるようになるの。よくあったよねえ。人の前でいいカッコする。うん。人。何かやるにしたってね、自分よく見せたいというふうで、やるのと、本当に、世の為人の為ということでやるのと、絶対違ってくるよね。これはね、心の世界がすべてだから。想念がすべてだから、そうなってくるよね。現れてる世界も想念の産物だもんね。想念によって生み出されてるもんなんだから。あのねー、昨日も言ったねえ、こう、モノがなんでね、こう黙っ、じっとしているのか。ね。これ昨日言ったよねえ。今ここでは摩擦があるから、じっとしてるわけよね。でも全く摩擦がなくなったど、時にはどうなるかったら、これはもう、動き出すんよ。まさ、摩擦の無いどこのモノは、全部動くようになってるんよ。なんでかったら、エネルギーの均衡を保つようになってるから。だから均衡を保たないところに動くわけ。そういつ、つまり、エネルギーの穴の方に、少ない方に、うーん、行くんよね。これも、エネルギーだから。だからそういう風にしてね、このなんでかったらね。私達、想念持ってるやん。その想念自体がエネルギーだから。だから、想念のあるところにあるものというのは、その想念によって動かされるんよ。どうしても。均衡を保つよ、とうとするから。みんなが同じ想念は、な、は、う、要するに神の世界というのは、ゼロの世界。全く想念の動いてない状態。なんにもそこでは起こんないちゅーのはそこなんよ。いつも言うでしょ。総合された世界。そこにはなんにもないですよというのは、想念の動きがないから。それで神は、それじゃ表現出来ないでしょ。だから神は、自分の想念を動かしたわけよ。それでこの現象の世界できたんだ。最初の、まあこれ、最初ってないのよ。神はもう、始め無き始め終わり無き終わりだから、この始めというのは、あくまでもこう、説明する上必要だから、始めっていうわけよ。何度も言うよね。昔々おじいさんとおばあさんがってこう、物語の始めが必要でしょ。だから、言うわけだけど。だから、もう最初というのは無いんだけども。まあ、最初という言葉使ったとしたらね、要するに、そういうことなのね。自分の想念が全然ゼロで動かさなかったら、この表現の世界生まれないんだもん。だから自分の意識を、動かして、意識動かすことによって、この表現の宇宙が出来たんだもんね。と同じ、その想念というのは結局ね、エネルギーだから。エネルギーというのは、必ず均衡を保つようになってるの。そしたら何か、そこで現象が起きたったらね、そのエネルギーの影響受けてるわけでしょ。だから、そのエネルギーというのは、原因によって動かされるわけだから、そこには必ず原因が出てくるっちゅうことよ。例えば、これでおかしくなったよねえ。これはエネルギーのやはり、あの、脈だよ。そしたら、そのエネルギーの脈に、必ず原因があるはずなんよ。何かの思いがあるっちゅうことよ。それを探求してったらね、面白いと思わない。いや実際そうなんだから。エネルギーがこういうふうにさしたんだから。ということは、そのエネルギーの素である想念が、させてるっちゅうことよ。だ、その想念がどういう想念によって、そういう状態おこしゅ、させられたかということを、追求してったらいいわけよ。でしょ。よくあのー、交通事故とかいろんな事件事故あるよね。あれ全部エネルギーの動きよ。すべて、想念がそういうものを作り上げてんだもん。結果を。だから何か事件、殺人事件があった、あったら、ね。その殺人事件ちゅう結果の中には、必ず原因があんでしょ。その原因は想念だから。つまりエネルギー。そのエネルギーが、悪的エネルギーが、結局、そういうものにしてるっちゅうことになるよね。結果に。私達はその、あのー、うん、想念とエネルギーというのは、一つとして考えて欲しいんですよ。そして考えたらね、分りやすいと思う。何か起こった、火事が起こった。火事を起こさした、原因が必ずあるよね。結果があったわけだから。だからその、火事が、例えば人為的に火をつけようと思ったのは、当然想念がそう、原因作ってるわけでしょ。でなくて、例えばよ。それが自然発火って言うこと言うけど、あれ自然発火っちゅうのもね、全部原因があるわけよ。例えばよ、雷が、によって、火がつけられた。ね。たら、雷は自然だから、これはもうしか、自然現象は仕方がないよって、終わらせるよ普通では。違うの。例えばよ、人間社会に、影響を及ぼす火事の雷というのは、全部人類の想念よ。が原因よ。悪想念が。これは間違いないこと。例えば、こういう火事がある。あのー、ジャングルで、あのー、ひ、火が、火事になることあるのね。まあジャングルでなくても、自然界において、火事がなる。それは、例えば雷で、あのー、発火があー、雷が、神が原因だっちゅうことよ。ということはね、それは必要だから、雷によって火事にならされたんよ。どういうことかったら、そこの場所が、ね。燃える必要があるの。あれジャングルでもね、ものすごいね、長い期間ね、その状態で置いたら、駄目なの。だからある時にね、そういうような自然、のそらー、自然の力と思うよね。そこにはちゃんと意思が働いてるの。火事にすべき理由があって、雷が鳴って、要するにそこが火事になる。ジャングル、火事にさせるんよ。あれはそこの部分をね、1回燃やさなくちゃなんない必要があるからなのよね。も、これ全部ね、もー、後ろ側に想念があるんだもん。それは神の想念。それは、この自然を守る、そ、あの、想念。地球の裏、背後には、必ず想念があるんよ。地球を守る想念が。それは自然の、を、秩序立てていく想念。だから、ある、自然で起こったことは、その自然でいいことだから起こるの。ところが、人間界で起こってることは、全部人間の悪的なもので起こってんの。同じ想念ではあるけれども、神の想念と人間の想念とは違う。さっきも言ったように、悪的想念。こういう想念で、生み出された想念だから。によって、このこれが原因になってるわけだから、だからそこで起きてる結果っちゅうのは、悪想念の結果よ。全部そうなのよ。自然界は違う。調和を保つ為に、火事にあわせている。わけだから。これは調和のとれた想念によって生まれたモノ。だから全然違うんよ。これみんなね、自然発火だとかね。これは自然現象だから仕方がないって言うけど、全部背後に意図があるんよ。そうすべき時期に来てんよ。循環が必要だから。ジャングルだもん。この、あれよ。あの循環の法則っちゅうのが働いてんよ。全部この地球には。すべて循環によって。循環がなかったら腐っちゃうんだから。だから循環させる為に、そういうことも起こるわけよ。あの、台風はあるでしょ。これねえ、あの、まあー、これ想念から行くことだからこういう話も仕方がない。これ現象の話だから、そっち行っちゃうんだけど。台風あるでしょ。今の台風は、必ず人間界に被害を及ぼすの。今の台風は。なんでかったら、人間が造ってる台風だから。ところが自然が造ってる台風は絶対、人間界では、あのー、台風にならないの。いやなっても、人間に関係がないところでなるんよ。通り道が違う。昔は、違ったんよ。台風の通り道、違ったんよ。それは自然界に必要な台風だから。つまり循環に必要だから。台風が、ばーっと、水、大雨降らしたり、風を起こしたりするわけよ。あれは循環をさせ、正常な循環に戻す為に自然界にそういう台風が起きるわけ。ところが今の地球は違うの。人類作った、想念によって作ったもんだから。つまり地球人類の汚しているこの地上界を洗い流さなきゃなんないから。豪雨、最近、豪雨でしょ。うーん、もう昨日から今日にかけてもそうでしょ。豪雨でしょ。あれはもう地球人類がもう汚して、汚してるから、洗い流さなきゃなんないんだもん。だから、それは人間が造った悪想念によって起きた自然現象。自然界で起きた自然現象と違うんよ。全部意味が違う。そういうふうに受け取れば、そういう受け取り方したら、どうしたら私達がね、正しい想念を持たなきゃなんないか、そっちに行き着くんよ。だから今の社会ではそういうこと思わないでしょ。科学者が大体、唯物的だから。だから、そういうことも直そうと思わんよね。人間の想念を直そうと思わないで、結果ばっかり直そうとするやん。堤防を大きくするとか、河川をどうするとか。その結果の次元を直そうとばっかり思って、原因である人間の心を直そうと思わないもんね。知らないから、彼らは。でも、そういうことなんよ。だから昔は、雨が降るときは夜、シトシトと。人間に寝てるときに。これもそうだったわけよ。今は違うよね。今はもう、夜も昼もないよね。それは人間が作った、雨だから。自然が作った雨っちゅうのは、ちゃんとバランス取れた。風も陸風海空も、こういう吹き方よ。台風、その、あのーあれよ、人間界の及ぼす風はよ。今言ってんのは、陸風海空っちゅーのは、た、調和のとれた人間界で、つまり昔だよね。まだ人間が、まだ悪想念放ってない時期は、陸風海空で、なってたわけよ。バランス取れて。だからそういうような豪雨っちゅうのはなかったわけ。だって、バランスとる必要ないから。調和がとれてるから。今は違うでしょ。すべてそうよ。今の海の、海の中で、今のあの、へんせ、あのー、偏西風とか、から、海の中で海流の動きあるでしょ。あれも全部、もう変わっちゃってんよ。今の地球は。人類の想念によって変えれちゃってんの。だから、あれでしょ。偏西風でも変わっちゃって、蛇行するようになってんやん。おかしい蛇行になってるやん。あれ人類の想念よ、全部。だから偏っちゃうの。暑い夏が来るとか。寒い夏が来るとか。それから豪雨になるとか。それから、えー、乾燥して、ね。か、干ばつになって。あれ、地球上に偏って起こってるでしょ、今。普通はそういうことはありえないんだけど、全部、人類の想念が偏ってるからそうなるの。まあそれは、あくまでも現象の世界の話だけど。こんな話した。してたら、時間が過ぎちゃ、あれだけども。まあ私が言いたいのは、想念を正しくもつようにすると、結局それはね、私達のね、原子核増やすことに、全部利用出来るっちゅうこと。私達は、原子核を増やすことが、も、大目的だからね。私達の原子核を増やすこと、大きく増えることによって、自覚の境界線を超えるようになるわけだから、なんせ増やして欲しいんよ。その為には、どうするかったら。さっき言ったように、なんせ、神を想うこと。その神を想うことも、神を深く知って想って欲しいっちゅうことで、私はいろんな神の側面を今まで話しているわけだけども。なんせね、もーねー、ぜひ、正しい想念。つまり神を、想う想念をね。できるだけ多く、多い時間ね。その、うーん、神を想う時間に使って欲しいんですよ。あの、これからね、自分の人生の、あとどれだけ残ってるか分かんないけどね、それを、神に沢山使って返る人と、全くこの世の事に使って返る人とは、段差があるから。ぜひね、そうやって欲しいんよ。もうそれはね、私見せること出来ないよ。でも、信じて欲しいんよ。そうしたらね、素晴らしい人生になる。どうせあれでしょ、肉体って脱ぐんでしょ。みんないつか、肉体脱ぐんだもん。この世のことで、肉体使って脱ぐの、脱ぐのと、そういうことやって肉体脱ぐのとでは、全然違うんよ。向こうに帰った時。差が。したって、皆さんここに来て勉強してること自体が、過去世において、そういう勉強していたから来れたんだから。そうでしょ。全く勉強していなかったら、今みんなと一緒に、えー、一般人と同じように、この世の事に使ってるよ、時間。何にもならないこと、それは。失くなる世界だから。そこで何を得ようと、無くなるんでしょう、全部。ところがここで得てることは、絶対無くなんないんだから。自分の原子核増やしたことは、絶対無くなりようがないんだから。それが、積み重なって積み重なって、結局自覚の境界線を超えて、神に戻ることが出来るんだから。だから、ねー、違うんよ。一般の人達と、ここで学んでいる人達とは。だからね、ぜひね、私の言ってることをね、もー、騙されたと思って、やって欲しい。できるだけ、想念を神に向けて欲しい。これ、越智さんね。本当にねえ、信じて、お、やってちょうだい。絶対、あー、私は有意義な人生だったーって、向こうに帰ってから、本当にもー、喜べるよ。私の言ってることがやってきて、あー、善かったなぁって思えるから。これは私が自分の体験から言ってること。ぜひやって欲しい。どうせあれでしょ。この世のことやってねえ、家族と仲良くやってたって、この世限りじゃない。肉体ある限りじゃない。で、その家族だって、ね。肉体の縁だからね。魂の縁というんじゃないよ。魂の縁ちゅうのは、もんもー、縁だけどね。もちろん。し、あのー、神の魂だから全員同じ神の子の、えー、魂であることは間違いないけれども、それぞれ個性がある魂、分魂された魂で、それぞれが進化を遂げてかなんないわけでしょ。それは、本人がやることだから。こっちが与えること出来ないことだから。だからその、魂が自分の力で大きくしてたらいいわけだから、そこまで入り込まなくてもいいんよ。家族だからっつったって。みんなそれぞれ、自分の力でやってくしかないんだから。自分の宇宙を、他の人が管理すること、出来ないんだもん。越智さんの宇宙は、越智さんが大きくして行くしかないんだもん。進化させていくしかないんだもん。あなたの家族も、宇宙は、あなたの家族がその人が大きくしていくしかないんだから。そこに越智さんが入って、大きくすること出来ないんだから。だから自分だけ、大きくしてったらいいの。なんでかったら、主観宇宙だからね、あくまでも。主観宇宙しかないんだから。いつもこの主観宇宙ちゅうことにね、言うけれども。ねえ。これは中々理解して貰えないよね。自分の宇宙しかないということが、思えないもんね。みんな形があるから。でも、自分の意識がなかったら、自分の宇宙無いんでしょ。自分の意識が、そ、消えちゃってごらん、その瞬間、宇宙消えちゃうんよ。今あると思ってる宇宙が。それは自分が作ってるんよ。自分の意識が。これが中々分かんないよね。私が何回も何回も言ってもね、みんな知識でわかってても、本当に心からわかってる人、まだ誰も1人もいない。知識で分るんよ。だって、自分の意識がなかったら、何があるの?自分の意識がすべてを作ってんでしょ。この宇宙も。自分の意識が無くなった途端、すべて消えちゃうんよ。自分の周りから。それが主観宇宙っちゅう意味よ。ところがその意識ちゅうのは、永遠に無くなんないんだから。そうでしょ。あなたが、意識が無くなったら、すべて消えるよって言ってるのは、その消えるということ言わないと、その、理解して貰えないから、そういうこと言ってるんであって、消えることないんだもん。絶対。皆さん一人一人の意識は絶対消えないの。ちゅうことは、宇宙も消えないっちゅうことよ。永遠に宇宙っちゅうのは、消えっこないの。自分の宇宙が消えないから。自分の宇宙と自分の意識とは一つだから。自分の宇宙、自分の意識が自分の宇宙を造ってるよね。その自分の造ってる宇宙っちゅうのは、自分と一つなんよ。あのねー、なんかこうみんな。共通の宇宙があると思ってるやん。みんな。ね。そんなの関係ないんよ。主観宇宙から見たら。確かに共通の宇宙があるように思うやん。みんなそれぞれの見たら。でも自分の主観宇宙から見たら、関係ないよ。そんな宇宙なんか。まあ分かって貰えてると思うんだけど。知識的によ。それが心の底で分かったら、もー、ものすごい素晴らしいんよ。まあ分かった途端、もー、自覚の境界線、越えちゃうけどね。なんせ私達は、神である。創造主である。唯一の存在。なんでかったら、意識持ってるじゃない。みんなそれぞれ、意識持ってるじゃない。それが神であり創造主であり、ね。主観宇宙の主であり、本当の自分であることは、間違いないことだもん。自分の意識があるっちゅうことが、そういうことなんよ。それをね、心の底でね、知って欲しくて、私はいつも、もー、何回も何回も同じこと言うわけだよね。だってこれは、同じことを何回も何回も言わないとね、うえ、自分の中に植え付けられないよね。何回も何回も必要なのよ。私はね、繰り返すことを嫌ってはいけないというのは、そこなんよ。繰り返すことによってね、ちゃんと溝が深くなっていくの。1回や2回じゃね、この真理というのはね、もう植え付けられないよ。もう、ふ、何回も何回も必要になるの。もー、同じことを繰り返すこと。これはしたから、私言うね。本読んでちょうだい。何回も読んでちょうだい。私の話も何回も聞いてちょうだいっちゅうのは、そうなんよ。繰り返さなかったらね、自分のモノにならないんよ。これは。忘れちゃうんだもんしたって。みんなね、聞いてる時はね、なんかね、そんなような気分になるけどね。みんな忘れちゃってる。だから同じことを、知花先生も同じことをクドクド、クドクド言うんよ。たった一つのことを知って欲しくて、クドクド言ってるだけよ。そのたった一つの事が、分らないんよ。知識では知ってても。中々自分の心に、根まで浸透していかないよね。どうしても。これはね。真理というものは、そういうもんだよね。真理っちゅうのは単純だけど、ものすごく奥が深いから。これはもう、繰り返すしかないよね。それはね、やはり原子核の量が増えてくにしたがってね、ちゃんと理解力が増して、気づきが起きて、根づいて行くから。したら、それはやはり、原子核を増やす方法というのは、今の三つしかないからね。これをやって欲しいよね。なんせ、普段の中で、ね。社会体験する中で、間違いなく増えてる。瞑想して、間違い無く増えるから。で、思索をして、疑問を投げかけて、自分から得たら、必ず増えるから。そして、ね。少しずつでいいから、増やしていって欲しいんですよ。それがね、やるかやらないかで、ものすごく差になるからね。私は言うわけよ。今は分かんないよね。分かんないから、もー、どうしても、もー、途中でやめてしまうかもしらんけどね。ぜひ続けて欲しいの。継続。継続は一番大切よ。これはね、そ、帰ったら分る。今は分かんないよ。だからみんな途中で辞めてくんよね。でも、もう仕方がない。何もしたって、私がねえ、こう見せること出来ないんだもん。一人一人の、ね、宇宙の中にどれだけ原子核が増えたかっちゅうことを、見せること出来ないもんね。これ見えたらね、みんな、あ、張り合いが出て、ね、希望を持ってやれるのかもしらんけど、見せられないからね。見せられなくても、それを信じて欲しいんよ。あのさー、信仰心っていうのはね、何か奇跡を見せられて信じる信仰心じゃ駄目なのよ。例えばよ、あのー、サイババさんがいろんな物質化現象を見せたよね。そしたらね、き、な、ぜん、あ、地球じ、地球の隅々から何百万人も、何千万人か知らんけど集まってるはずよ。物質化現象を見に。インドに集まってるはずよ。で、見た人は見た時にね、あっ、こー、こんが奇跡がね、出来るならやはり神っているんだなっとこう、まあ要するに、サイババさんも、そっちから、こー、取り込んで行こうとする。するわけだから。現象見せて。ね。で、みんな帰るんよ。あー、やっぱり、神って、やはり、こういう不思議な、こと神秘的なことがあるということは、神は存在するんだなと思うんよ。ところがその人がね、ある奇術者の所に行くんよ。で、おんなじこと見せられるんよ。ね。そしたら、あれ?なんだ。あー、サイババさんも奇術だったんだ。結局は、そういう信仰っちゅうのはね、そういうもんで崩されるんよ。現象で築かれた信仰っちゅうのは、現象で崩されるんだもん。だから、殆どは信じてないよ。サイババさんのこと。あそこ行って観た人が。だって、奇術者、今、世の中に沢山出てきてるやん。物質化現象する人が。あれ皆さんね、なん、なんで、ああいうものが出てきたか知ってる?あれ確かにね、物質化現象、実際やってる人いるんよ。あんな簡単なことないんよ。幽界と繋がったら。これね、それはみんなの信仰心を惑わす為にね、や、ああいうモノ出てきているんよ、地球上に。今こうやって真理をね、正しい真理がね、普及させられようとして、彼らは、恐れてんの。知花先生だってそうだったんよ。知花先生やったらもう駄目よ。もう奇術として、もう駄目。本当に知花先生を信じて、引き継いでいくという人はね。今以上に少なくなっているはずよ。現象で築かれた信仰心っちゅうのは、現象で、きじゅ、壊されるんだから。だから奇術者っていうのが現われてんのはそこなんよ。今、地球上に現れてんのは。全部、幽界と繋がってんよ。壊そうとしてるわけよ。本物を見せられては困るの、彼らは。そうでしょう。これ、自分たちの居場所がなくなるんだから。あれ大きな意味があるんよ。これ、いつの時代も起こったこと。文明がこうやって発達してくるとね、唯物的になるでしょ。唯物的なものを壊そうとする為にね、覚者が降りてくるのね。で、サイババさんのほうのようなやり方をする、覚者もいるわけよ。でも、そん時には必ず、対向者のそういう奇術者が現われるの。いつの時代もそうだったんよ。それで信仰心が崩されちゃって、結局残ってないの。イエス様の聖書の中でも謳われてるよね。魚を空中から取り出して、みんなに与えたとかね。あれ、あれよ。うー、キリスト教の信者は信じてるよ。未だ、未だに。でも、他の人達は信じてない人沢山いるよ。例えばイスラム教とかなんか、要するに敵対するような人達はね。結局、今、見せられてるから、そういう奇術を。信仰心なんて簡単に崩されるんよ。だから現象で来る人は駄目なの、もー。私が現象見せないっちゅうのは、そこよ。ハッキリ言って。見せた途端に、もー、私の真理崩れちゃうの。完全に崩れちゃうんよ。これはねえ、皆さんの理解力から信仰心築いたものでないと、本物じゃなくなる。これだけはねえ、ここにいる人知って欲しいんよ。まあ、今見てる人も知って欲しいんよ。簡単に崩されちゃうよ。私がどんだけいいこと言ったってなんだって、したって、現象を見せた途端に、崩れちゃうんだもん。それ程ね、しん、ほん、本物というのはね、本物を本物たらしめることの難しさ。これはね、本当にね、こ、もう、う、う、一人一人の理解力。うん。一人一人の理解力が、自分の中に真の信仰心を、作り上げていくんよ。だから、自分、そのー、感覚で見せられている、ものというのはね、感覚で見せられているものから、しん、信じちゃ駄目なんよ。これはあのー、私、言っときますよね。これからも、多分ね、あの、みんなの前にね、現象を現す人が現れてね、惑わす人が出てくるかもしんないよ。ふらふらふらっとなるよ。ここに来てる人でさえも。現象を見せられて。そっから崩れてくんよ。なんだ、私が言ってるね。かとう塾で言っていること、あんなの、あんなもん、って言うようになっちゃう。簡単に崩せられんよ。あなた達の今の知識段階では。自分の中で、体験して培ったものは崩れない。例えば自分、今、私達の、私の言ってることを基に、自分で自分の中から得ていって、自分が変わっていくよね。自分の環境も変わり、自分のその、なんちゅうんかな。いつも言ってる、変性変容がおき、起きだしてね、例えば、胸が熱くなって、しん、細胞が振動しだすとか、まあ光が見えだすとか。いろんなことが自分で起こってきた人は、もう崩れない。そこまでなってない人は、完全に崩されちゃうよ。簡単なこと。現象見せられて。一番、や、もう、崩されやすいんよ。現象で、したからね。絶対、信仰心っちゅうのはね、もー、それはもう、付け焼き刃。本当に。じっくりじっくり自分の中から熟したものでないと、本物、甘みだせないよ。私がいつも言うよね。柿をね、渋柿をね、焼酎で甘くしたんじゃ駄目。時間かけて、じっくりじっくり内側から熟したものでないと、絶対駄目。本当の甘み出せない。それと同じこと。真理も。だからね、今日来て、今日真理なんか持ってけないよ。もう何十年かかろうがね、求めて行こうと思う人でないと、真理なんか求められないよ。神ってそういう風に作ってあるんだもん。そんな簡単に得られるんだったら、付け焼き刃だったら、こんな地球になってると思う。とっくに理想社会になってるよ。今の地球、どれだけ文明の攻防があったと思います。もう、数え切れない程あったんよ。でも、未だにここまでしか、人類進化してないじゃない。む、僅か30数名よ。私がこれやって、来てる人。でしょ。それほど、すく。理解出来ないの。本物を理解出来る人っちゅうのは。みんな途中で辞めてってるじゃない。理解出来ないから。それほどね真理というね、そんなね、淡泊なもんじゃないの。深い深い、本当に深いどっから知ってかなかったらね、本物にならないんよ。だから時間が必要なの。だから、一生、二生、そんなものでここまで来れないんよ。皆さんだって、もうどれだけの転生の中でね、学んできてやっとここまで来たか。で、今生だって、一生かかってやらなきゃなんないよ。もうこれはね、五感で生きている人間の悲しいところ。もう、五感で感じてたら、五感で崩されちゃうよ。完全に。心で築かれたものは、絶対壊れない。そうしたからね。サタン必死なんよ。何とか、崩そう崩そうと思って、私んとこにも、邪魔するもの沢山くるんよ。もー、ある日、私のところに、ズカズカっと、はぁ、えー、マンションに来てね。そしてあのー、いろんな話、しだすのね。で、電話かかってきてね、で、私、分るんよ。だから、あのー、ちょっと用事があるから、来ても会えないからとか言ってね、もうあれよ、会わないよ。分るんよ、波動で。あのー、メールでもそうよ。もう入ってき、もの凄い。もー、開けた途端にもー、ザワザワ、ぞーっとする。ザワザワじゃない。ぞーっとする。もー、メール入ってくるんよ。それは、お前はー!っとかってね。入ってくるんよ。何様だ!とかってね。いろんなその、もー、完全に崩したい、ようなその、メール送ってきたりね。全部崩そうとするんよ。まあ、こんなこと言っちゃあなんだけど、知花先生の側に来てる人の中でも、沢山いたんよ。その壊そうとするサタンに。まー、うー、自我の塊の人達が。私、知ってるんだもん、ちゃんと。そういうような本当に、真理を受け継いでいけるようなね、人達のところに、そういう人達来るの。行って邪魔するの。惑わしちゃうの。皆さんの前に現れてるのも、みんなそうよ。大体自分の中にもいるんじゃない。さっき言った、感情と欲望という自我。それによって崩されるんだから。なおかつ家族愛も、社会間、ね、いろんな、つき合いもしてるでしょ。そういう人達、お前たちそんなのやったってなって、絶対、あれよ。あなた達を足引っ張る人達が出てくるよ。家族からも出てくるかもしらんよ。それに負けてたらね、結局は、もうその一生は、あれになっちゃうよ。無駄な、い、一生になってしまうよね。それを崩されないだけに、どれほどね、もう、勇気がいるか。そのサタンに勝つね。勇気がいるかよ。聖戦っちゅうのはそれなんだもん。自分の中の戦いが聖戦なんだもん。ジハード、ジハードって言ってるでしょ。中東の方でね。あんなして、爆弾テロ。あれがジハードじゃないよね。自分の中の、心の中の神我と自我の戦いが聖戦だから。それにうち勝つのがどれほど難しいか。ふらふらふらふら。もう辞めよう。今月はもう行くのやめよう。と、みんなもなるんよ。だから来ないんよ。それ程ね、しん、戦いっちゅうのは、厳しいっちゅうこと。私は、その人達の事を批判してるんじゃないんよ。当たり前のことなの、そんなのは。だってそういう、そのー、ものが、自分の中にもあるし、社会の中にもあるし。周りにもあるんだもん。それに打ち勝ってくることの、どれ程、勇気がいるか。私はもう、その人達をかわいそうに思うよ。本当に気の毒に思うよ。それで当たり前。途中で辞めていくのがね、当たり前。ハッキリ言って。それほどこの戦いっちゅうのはね、ものすごい厳しいんよ。だからもし、今生、一生続けられたら、もう、それ相当勇気のある魂だと、私言ってあげたいわ。ここにいる人、私は保証しないよ。いつか来なくなる。私は、お、な、前にもあそこでも言ったよ。やはり、来なくなる。それ程、厳しいっちゅうこと言ってるわけよ。いいよそれで、別に。もう自分の苦しい状況でね、状態で真理なんか求めたって無駄だもん。苦しい真理の求め方は、して欲しくないから。それほどね、厳しいんよ。簡単にやられちゃうの。私自身も戦ってんだもん、したって。本当よ、戦ってるよ。もー、やはりもう辞めようかと思うこともあるもん。こんなことやったってね、んーな、分かって、うーん、辞めようって思うこともあるんよ。ふっと、思うことあるんよ。もうダメ打ち消しちゃうの。すぐに。そういうものに負けてはいけないって。自分でね。この真我の方がうち勝つから、何とかもって、ねえ。来るけれどもね。そういうもんなんよ。だから皆さんがそういう風にやられるの当たり前。でもね、皆さんが神であることは事実なんだもん。越智さんの中にもね、あれよ。えーと、富岡さんの中にもね、そいから、えーと、あれだったかな、あっ、北さんか。ごめんなさい。北さん、時々メールくれるんだけども、北さんの場合も。全部ね、あれよ。神が居られるんよ。全部神が。苦しいね、自分の環境自体、今の苦しい環境を乗り越えること自体が、結局は、あれなんよ。その真理を、求めてく前に、こう、ある、障害物なんよ。その障害物をどう、取り除いて、行くかということがね、ものすごく難しいんよ。もう本当に厳しいよね。ハッキリ言って。北さん何か質問ない?あるでしょう。
北さん:えーと、あ、あのー、かとう先生のやつが真理だと思って、まあ真理を、し、あのー、何か嘘ばっかり多い世界だなあと思って、そういうのを知りたくて来たんですけど、やっぱり、僕もそのー、証明がないと信じれない。例えば、先生が宇宙人がいると言いましたけど、そのー、見たわけでもないし、あのー、そういう本当に、まあ、こういう世界、本当やったら良いなあって思う気持ちで来たんですけどね。ただ、あのー、やっぱり、ぜん、半信半疑というか、って言うのがありますよねえ。周りの人も、みんな、そのー、科学万能やし、えー、なんでそんな、こ難しいこと考えなあかんとかね、えー、もっと気楽に生きたらいいんじゃないかとかね。例えば、んでー、この世の、あのー、学歴の高い人だとか、こんなに優秀な人が言うことは、信じるけども、そうでない人が言ったって何も信じない。んでー、えー、そうなると、この世の学問高い人は、真理をね、えー、証明してくれたらいいと思うんですけども、まあ要は、僕も、そのー、この現実社会が、えー、偽物やって言うことは分らなくて、そのー、映画でもあるじゃないですか。マトリックスとかね。そんなことは、現実かということは信じられなくて、ほんまに、見えないものが現実というのは、やっぱりわかんないですねえ。これが現実じゃないの。嫌な思いしてんのがね。で、魂が永遠て言うのも分らなくて、死んだらなくなるだけじゃないの。それが信じられないから、あのー、こういう追求する必要があんのかなと。要は、今の社会に合わないから、逃げの場で来てるんじゃないかって。言われてしまいますよね。
そうみんなそう。よくそういうこと言う人いるんですよ。そう今言ったようにね、あのーこの私達の五感で見える世界というのは、あのーまあ、北さんだと分かってるけど、どちらにしたって消えちゃうのね。どんな、えー、ものを持ったって、例えば知識を持ったって、名誉、地位名誉やお金を持ったって、消えちゃうんよね。消えてそのままで、お終いということであったら、一体なんの為に生きてんだろうね。そうでしょ。いっ、いっ、あの昨日も言った。アナログなんよね。絶対続いてるの。私達のドラマというのは永遠に続くドラマの中にいるんよ。これは、今のこの肉体持っている時は分かんないよね。で、過去、自分が例えばBという名前でいたかもしらん。その前はC。でも、記憶が無いから、繋がってるとは思えないよね。これからもそうよ。あなたは今、北と言う名前でいるけど、他に違う、また、生まれたら、別な、なるんよ。で、でもそこで続いてるドラマっちゅうのは、永遠に途切れないのね。一個人は途切れるよ。だっちゅー、この肉体は、こ、こ、その生だけの、乗り物だから。だけど、中に入っているものは、運転手は永遠に変わんないのね。それが本当のあなたなんよ。それが分らないと、この話はもう、それまでになっちゃうの。それをどうして分らすかっちゅうことは、だって見せること出来ないじゃない。そしたらどうすんの?信じるしかないじゃん。とりあえず。いいんよ。とりあえずでいいから、信じて欲しいんよ。そっから、初めて、私の言ってることをやることによって、自分に変化が起きてきたらね、それ、その段階で、あっ、本当だっちゅーことは分るの。そこまでは、いいんよ。疑ってかかって。今も私の言ってることは、あんなのまやかしだと思ってもいいんですよ。でも、続けていくことによ、やはり、したら、証明しなきゃなんないじゃん。そうでしょ。そしたら証明するには、それだけの時間がかかるから、やら、続けなきゃなんないよねえ。それは、今生だけじゃないから。これもまた難しいところだよね。でも今生でも、例えばよ。私の言ってることを実践したらね、環境変わるよ。絶対変わるようになってんよ。あなたが成長したらの話よ。あなたが私の言ってることをやって成長したら、必ず環境変わるようになる。それも一つの変化で、証明の一つなんよ。それしか私は証明さしてあげること出来ないよ。それは自分で体験するしかないの。原子核が増えることによってね、変性変容が起きることは確か。ただし、その変性変容も、原子核の量によって違うから、これまた困るよね。あなたがどこまでの来てる、要するに、量を持ってる魂かっちゅー、ことなんですよ。だからね、続けて貰うしかないとしか、私は言いようがないのね。で、そこで、疑問を持って、もしく、やはり、信じられなかったら、仕方がない。離れてって、この世の、この世のことを体験したらいいんですよ。そうしたら、この世のことをたい、私の言ってることもとりあえず、知識的に知ったわけよね。で、離れていって、この世のことを体験してください。そしたらね、必ずね、そこで疑問を持つんよ。再疑問。そして私の、あのー、学んだ知識とつけ合わするようになるはずなんよ。そん時にね、どこまで、また私のところに接近してこられるか。だから、何回もそういうことあっていいわけよ。だから、あのー、私だってそう。皆さんだってそうよ。今まで真理学んできて、1回でここに来たわけじゃないよ。越智さんだって、離れたり出たり離れたり出たりして、来てるかもしんないわけよ。こういう真理、過去世で、出会っても。でも、皆さんもそうよ。いっぺんに来たわけじゃないよ。何回も、北さんのような疑問を持って、出て入って出て入ってして、やっと構築された、つまり、自分の中に不動のモノが構築されたから、続けてこれ、これてるわけよ。でなかったらね、そんな、大体、そういうことなること自体が、しん、本当に奇跡に近いんだもん。今の私の話を信じて、こういう話をずっと聞きに来ること自体が、奇跡に近いんよ。みんな、疑問を持って、証明されるものがないから、離れてっちゃうの、どうしても。まあこの世の波に飲まれて、いいじゃない、もー、一生って言う風になっちゃう。でも、そこまで来た魂っちゅうのはね、死ぬ時に必ずまた疑問を持つよ。こんな人生で良かったのか。私は一体なんの為に生まれてきたのかっと、思いながら死んでいく。それでまた、いいわけよ。疑問を持つことはね。多分、北さんがこれからどういう求め方していくか分かんないけど、私はね、別に、こっから離れて、で社会体験して、またそこで疑問を持って、また来てもいいし。ね。これは来世そうなるかもしれないわけよ。来世、再来世でもそうなるかもしらんよ。要するにアナログだからね。続きだから。あなたの中に入ってる魂っちゅうのは、おんなじ運転者なんだから。その運転者は、運転経歴によって熟練していくわけでしょ。技術身に付けて、ずっと続いてるわけだから。だからね、私は思うんよ。北さんがここに来たということはね、単なる偶然じゃないっちゅうことを言いたいの。そこまで過去世において、つまり、何だかんだ疑問持ちながら、やってきながらでも、何となくやってきたから、ここに来れたっちゅうことよ。もうそれでお終い、いやー、あんなもの、学ぶ必要ないってやってなかったら、ここでもこれないよ。大体そういう疑問を持たないんよ。そこまでだって理解力が、ないわけだから。やってるから理解力がついてきたんでしょ。続けてたから。そうだもんね。ここまで来たということは、それだけやってきたっちゅー証拠よ。過去世において。で、なおかつ、まだ疑問を持ってる。それはそれでいいわけよ。疑問追求してったら、またそれだけ理解力が増すんだから。それは今度、来世に繋がるやないの。だから今布石を打ってるわけよ。北さんにしたってみんな誰でも。今生、自覚の境界線を越えられたら、超えられたらそれは良いことよ。最高のことよ。私はみんなにそうなって欲しいけれども、超えられなくても、布石打ってるんだもん。今こうやって学んでることが。あたしの言っていることをやってくれたらね、間違いなく原子核増えていくんだもん。この世の中で社会体験をする。ね。瞑想をする。思索をする。これを続けていたら、間違いなく原子核増えることはこれ、私の体験から、これはね、宇宙の約束事だから。この宇宙で造られた、約束事で、法則なんだからね。そういう風になる仕組みなんだから。私が体験しているから、これ言えるわけよ。私だって原子核集めて、やっと自覚の境界線越えて、自分は神であったって、あのー、もー、本当に心の底から思える状態。これはね、北さんね、言ったってわかんないんよ。この私のその体験状態は。心の中の意識状態だから。人に見せることも出来ないし、与えることも出来ないの。ただ私が体験して、それを知ってるから、こうやって皆さんに私の体験談を話してるだけ。それを信じる信じないは、それ皆さんがやってくれて、信じた人が続けてくれたらいいわけ。信じられない人は辞めていいわけよ。信じられるようになる、他のモノを探したらいいわけよ。でも、他のモノを探していったって、必ずここに戻ってくることは確かよ。これは、私がもー、この真理っちゅうのはね、もー、間違いない事知ってるから。なんでかったら私が変性変容、起きてるから。あのー、そらあ、現象を見せて、みんなに、例えばよ、こういうことを出来るんよ、私。あのー、エネルギーを、皆さんあのー、右脳から普通エネルギー降りてきてるんよ。宇宙エネルギー。ね。それは、今の人類は使ってないから。右脳の回路を閉ざしちゃってるの。だから宇宙エネルギーを出すことが出来なくなっちゃってるの。その宇宙エネルギーの回路を広げてあげることは出来るんよ。私は、何人かに回路広げてあげて、エネルギーを出せるようにしてあげてるんよ。それはまあ続けることによって、太くなっていくから、それは本人がやるかやらないかなんだけどね。これは一つのそういう現象の証明。物質化現象して、もし私がやったとしたらね、もー、明日から誰も来なくなるよ。私の前に。本物を本当に求めてる人。一切来なくなっちゃうよ。奇術者になっちゃうもん。私は。そんな、奇術者っちゅーのは、下の下だからね。ハッキリ言って。そうでしょう。そういうもんで培った。さっきも言った、培ったものは、必ず現象で崩されるんだもん。一般の人達はいいんよ、それでも。まだその幼い、も、宗教を求めるか求めないか分らない人達には、必要なんだ。それは。なんでかったら、神秘的なものを見せる必要があるから。でも、ここに来た人は、そんなことはもう嫌なんよ。ハッキリ言って。そういう現象を通り越した人ばっかり来てるから。だから、やったらみんな腹立てるはずよ。絶対もー、来なくなっちゃうよ。今まで勉強してきたことが、信じられなくなるんだもん。したって。見せることによって。だから、さい、幼い魂は、最初にそれで納得いくわけだから仕方ないんよ。だから見てご覧。知花先生のところに来た人でも、ここに来る人殆どいないでしょ。それはそう言うことなんよ。あたしはよーく知ってんよそれが。これは一人一人の理解力によって培われた信仰心でなかったらね、続かないっちゅうことわかってるから。これを理解して欲しいよね。なんせ、私が与えること出来ないんだもん。みんな一人一人が自分で、自分の中から得ることしかないんだもんしたって。全部あなた達の中に、したって、この宇宙で、今まで、えー、あのー、えー、ちー、培われた知恵とか、それこそ、もー、あれよ、知識とか、そういうものはね、みんなの中にあるんだもんしたって。宇宙のアカシックレコードが刻まれてる。みんなの中にあるわけだから。そっから出たものしか、自分のモノにならないの。合点というのはね、結局、こっちにこういう点が、皆さんの中にあるから、この合点が合うんよ。ここに無いものは、合点が合わないんよ。皆さんの中にあるから、理解しているものがあるから、私の言っていることが分かる、理解出来るんよ。だから、一般の人、ここにどうして来ないと思う?合点がないから。私の言っていることが、填まらないから。自分にコレがないから。あなた達、私から得てるんじゃないよ。皆さんの中から得てるんよ。だって、皆さんは神だから、全部持ってんだもん。合点があるから、あるんよ。ホック見てご覧。ホック、パチンと合うのは、いっ、一つだけだったら合う?合うということは、納得出来るっちゅうことだから、自分の中にあるから、納得出来るんだもん。そうでしょ。だから、自分の中から得なきゃなんないわけよ、これは。私は、あの、刺激として私の体験したことを言うことによって、あなた達はそれを自分に取り入れて、自分の中にある、あの、モノ、とに、疑問を投げかけて、私のやつを、一つのきっかけとしてね、自分の中のモノを、こう表面に出して欲しいんよ。そうしたら、バーンと合うの。合点。あっ、なるほどっと、そん時思うんよ。なるほどっと気づきが起きるから。それは自分の中にあるから。無いものは絶対、合わさりようがないの。受けのホックと、あ、あのー、ねえ。凹凸のホックが片方ずつだったら、合わないよ絶対。自分の中に無いものは合わさりようがない。そういう風になってるわけよ。なんでかったら、か、か、神なんよ。みんな。皆さん中に神が居られるんよ。全部理解者が居られるっちゅうことよ。理解してるモノがあるっちゅうことよ。だって、そっから出てきたんじゃないこれ。鉱物、植物、動物、人間として進化してきたんだもん、私達は。神の意識が放射されて。意識が、ひとつ、集めて集めて集めて、原子核、集めて集めて、鉱物、植物、動物、人間になってきたんだもん。で、やっと自我を持つところまで来たんでしょ。自分は人間だ、宇宙があるというところまで、そこまで理解力が深まった、進化した魂になったんだもん。だからここに来て、今、学んでるわけよ。して、自覚の、自我の境界線越えて、今自覚の境界線に向かっている人達。私のところに来てる人は。これを越えたらわかっちゃうんよ。自分が神であるということが。これはねえ、もー、言いようがないよね。本当に、あー、心の底から、神だったっと分ると、神の意図が分る。私がなんでこういうことが分ると思います?私はいろんなこと言ってるよねえ。あれ、この今の地球上でどこにも書いてないんよ。私の本の中に書いていること、地球上のどの本見たってないよ。私は、そっから得てるから。神の立場から。神の意図が分るんだもんしたって。そこの境界線越えたら分るんだもん。だから皆さんが、そこを超えて貰って、私の言っていることが初めて本物か偽物か分るんであって、私は今、分からすこと出来ないよ。自分の中から得るしかないんだもん。これは。私が体験したこと言ってるだけ。こういう世界超えたら、こういうことがありませんです、ありますよということを、私の体験から言ってるだけ。これは、ほん、一人一人が、体験して貰うしかないじゃない、したって。分け与えること出来ないことだもん。でも、一人一人が神であることっちゅうのは、間違いないんよ。皆さんは金なんよ。地金。う、う、う、ほん、その、自分の本性は金であることは間違いないの。ただ長いこと、鉱物、植物、動物やってきた中において、泥をつけてるわけよ。地金。金の中に。上に。だからそれを取る作業が必要なだけ。でも元々金なんよ。神なんよ。ね。これ今、今こう、私が神だって言ったってね、今の世の中ったら、キチガイでしょ。でも、いずれ地球もちゃんとした神の、神が信じられる、世界がくるんよ。そん時に、理想社会が出来るんよ。この宇宙にはそんな、もーもー、進化した星がなんぼでもあるんよ。この宇宙には。この銀河系だけでも750億個以上あるんよ。その進化した星が。地球以上の星が。そこでは、素晴らしい文明築いてんよ。こんな地球のような文明じゃないよ。本当の理想社会。だけどそれを知るにはね、私のところに来て欲しいんよ。ハッキリ言って。来てから、疑って、いや、あれして欲しいよねえ。あの信じて欲しい。くれていいんだけどね。だから、す、私は、どうすることも出来ない。ただただ、信じて貰うしかない。今の段階、皆さんの段階で、ねえ。こう、私のこの、ここのあれを見せるわけにはいかんしね。むー、見せるものがあったら見せたいけど、見せられないわけだから。自分で得るしかない。それしかないんですよ。真理というのは。だから地球はいつまで経ったって、いっ、じっくりじっくりしか進化してこれないじゃない。これが簡単に見せられるもんだったら、あー、北さんが言うように、見せられたら信じるというもんだったら、もうとっくに地球があんた、20数億年前から人類いるんよ。この地球上に。そうでしょ。したら、なん、もう、数え切れない文明があったわけよ。ね。なのに、今まだ、ここ、ここまでしか来てないっちゅうのは、本当にじっくり、少しずつしか、進化出来ないんよ。この、あの、魂の進化っちゅうのは。神が気長なお方っちゅーのは、ちゃんと知ってるから、こんなね、付け焼き刃ではね、駄目なんよ。現象見せて、信仰心を得たものはすぐ崩れちゃうの。ぜひ、それを知って欲しいと、あっ、もう時間だね。それじゃ今日はこれまでにしましょうか。どうも。